北京レコーディング

リアルタイムレポート

北京では珍しい雪景色。いつも寒いが今回は半端じゃない!

 今回のレコーディングは中国の新人女性シンガー「李慧珍」のデビューアルバム!
 彼女は私のアルバム「亜洲鼓魂(Asian Drum Spirit)」のM3「Let Me Be Free」を歌ってる女の子。その歌唱力には「亜洲鼓魂(Asian Drum Spirit)」のレコーディングの時にもすでに何度も腰を抜かしている。
 今回は演奏陣に私の古くからの友人(こいつらが俺の人生を変えた)でもある、黒豹のギタリストリートンとキーボードの鴻小波。そして崔健んとこでベースを弾いてた劉君利に声をかけた。ただし、ここは中国、インペグ屋などありはしない。本当にスタジオに彼らが来るかどうか、そして本当にレコーディング出来るのかどうかはすべて現地に行ってみなければわからない。しかもこのレコーディング、日本テレビの同行取材までつく。最終日には北京市内でのこのメンツでのライブまで予定されている。果たして実現するのか! はたまた年末のように中止になるのか!
 どうなることやら請う御期待!

<初日>  いきなりトラブル発生!

写真は黒豹のドラマーでもあり、マネージャーでもある「趙明義」。
落書きは本人とその悪友である、歌手の「謝東」と私。

Jazz屋Beijingにて

  しかし私は北京に着いてさっそく遊んでいるわけではない。さすが「This Is China!」。思い通りに事が運ぶ方がおかしい。
 黒豹は1ヶ月に及ぶ全国ツアーから昨日帰って来たばかり。密に連絡も取ってなかったのだが、今回のレコーディングと、最終日のライブのことについてかなりもめてたらしい。それと言うのもこのライブ、私はてっきりコンベンションライブで、一般立ち入り禁止の業界人お披露目パーティーだと思ってたら、フタを開けて見たらもう告知も打たれていて、しかもその打ち出し方が
李慧珍ライブ! バックは黒豹
 と出てたんだからこれに怒らないわけはない。李慧珍は新人、黒豹は大御所。事務所には問い合わせが殺到する。誰が打ったんじゃ!俺の断りもなしに! 当然「いくらファンキーの頼みでも俺は絶対にやらんぞ!」となる。
 あわやこのプロジェクトは中止か!となったところで親分よろしく出て来てくれたのがこの男。
「途中に会社を入れるな! 直接お前が出てきて本人同士ちゃんと喋れ!」
 と来て、それぞれのメンバーも呼び付けて大岡越前よろしく一刀両断に裁いてしまう。すると
「おう、友達だろ。問題ない、問題ない!」
 と5分で話が終わってしまうんだから恐れ入ってしまう。
「楽器も弾けるヤクザ」と冗談で彼らのことを言ってる私だが、実際このヤクザ的な任侠だけが友情の証だったりする。
「友達のためなら人をも殺す」と言うことわざがあると言うこの街北京。彼らとの友情を見て
「ファンキーは奴等のために人ひとりぐらいは殺してるに違いない」
 と言われているこの私。もう十分「ドラムも叩けるヤクザ」である。

<2日目>  トラブル解決。レコーディングに突入!

  北京に来て見たらいきなり李慧珍が売れていた。デビューもしてない新人がどうして全国の放送局のチャートでベスト10にぼんぼん飛び込んでいるのか。相変わらずわけのわからない国である。
 見てみると、何だこのアルバムに入る予定の曲じゃないか! 俺は今、レコーディング前のテープが全国に流れててすでに中国じゅうでヒットしているそんな曲を今からレコーディングしようとしてるプロデューサー(!?)変なの!
 ともかくいいアルバムを作らなければならないと言うことに変わりはない。今日はひとりで打ち込み物を全部入れて、まだ歌いなれてない曲の歌唱指導をする。
 「何だこの詞は! 字数が全然合わないぞ!」
 「じゃあ次の曲からやろう!」
 「何だ! これも合わないぞ! どうなってんだ、この作詞家!」
 作詞家を捕まえて問い詰めるまでの大騒ぎ。
 李慧珍! でも俺は最初から言ってただろ。2曲の詞が入れ替わってんだろって!

<3日目>  何じゃかんじゃでリズム録りに突入!

我的理想的楽隊
左から、鴻小波、私、劉君利、リートン

 凄いぞ、このメンツ!
 私が知る限りでは中国最高のミュージシャンである。もちろん世界的にもかなりの水準であることは間違いない。特にギターのリートンの音にはいつもながらぶっ飛ばされてしまう。
 このメンツで今日は7曲全部リズム録りを終えた。日本人スタッフがぶったまげた。アルバム一枚のベーシックを一日で録ってしまったんだからぶったまげてしまう。
 考えて見るとこのメンツのままライブをやるのかーー。感慨深いと言えば感慨深い。もう付き合って古い友達ばかりだし、個別に仕事はしたことはあるが、こうしてバンドとしてステージに立つのは初めてである。
 昼間は文化局の人と食事をした。これが中国ではなによりも大事なことである。
 思えば爆風の北京コンサートの許可が下りずに、単身文化局に殴り込みに行ったことがある。その時に
 「何だお前は!爆風のもんか!お前なんかの来る所じゃない。出てけ!」
 とどなられた人じゃなかった。よかった。
 あの時は中国人スタッフが公安に殴り倒され、蹴られ、髪の毛を掴まれて引きずり回された。
 実は俺は今だに恐くて震えだしそうなのだよ。  

<4日目>  歌入れ

 昨日のリズム録りも凄かったが、今日の歌入れも凄かった。一日4曲も録れたんだから・・・。しかもレベルは物凄い。私は心底この歌声にやられてしまってる。鳥肌が立ちっぱなしである。
 写真はコーラス入れ。左端が私、右端が李慧珍、私のとなりはたまたま遊びに来てた黒豹のドラマー、趙明義。その他は彼女のプロダクションの人間。人数が必要なコーラスはそこに居合わせた人間を使うと言うのはどこの国でも同じだね。
 彼女の歌は明らかに以前と違っていた。チャートナンバーワンを取ったからそう感じたのではないと思うのだが、もうすでに大歌手の風格があるとか思ってしまった。歌もうまいしね。初めての私とのレコーディングで緊張のあまり歌えなくなってしまった小娘はもうここにはいなかった。
 でも人間は相変わらず。この気さくな人間性にも深く惹かれている私である。

<5日目>  ギターソロ!

 やっぱり何が凄いってやっぱこいつのギターが一番凄い!
 俺が何でこんなとこでこんな音楽をレコーディングしてんだ。何で三十路の手習いで中国語覚えてそれで暮らすまでになってんだ。何でうちの妻は中国人なんだ。なんでうちの子供は日本名と中国名と両方持ってんだ。その答えがこのギターにある!
 あの時地下クラブでこの音に出会って今がある。
黒豹はビッグになって、やれ商業主義だのバンドが終わったなど言われているが、ちくしょうめ! くやしかったらこの音出してみやがれ!
 5曲のギターソロ、2時間で録り終えた。やはりこいつもただもんじゃない。さすがは中国ナンバーワンのギタリスト。 

<6日目>  明日はライブ! 今日はこのままスタジオで明日のリハーサル

 あれ? 自分のドラムが北京に置いてあるの? その通り! 実は黒豹のリハーサルスタジオに置いてあるドラムは私のドラムなのです。若いバンドがこれで練習したりもしてるらしい。久しぶりに見たらヘッドはボロボロだった。
 実は夕べはこのドラムセットをJazz屋2号店に持って行ってDJとセッションした。安田の奴、いつも間にか2号店をOPENさせてやがった。しかもこれが完璧な「クラブ」。新しい物好きの安田はDJとドラムのセッションなんか出来ないかなどと言い提案しくさったから、遠慮なくフルセット持ち込んだ。セッションは大成功だったが、想像以上にドラムの音がでかくて安田が青い顔してた。へ、へ、へ。誰のドラムだと思ってんだ!
 ところで今日のリハーサル。いくら中国最高のミュージシャン達だと言っても、こいつら初めてやる曲も数曲あると言うのに1日のリハーサルで大丈夫なんだろうか。
 いやそれより私はやはり当局の関入が一番おそろしい。どうなることやら明日のライブ。

追記
 リハーサル終了後レコーディングの一人作業を終えてJazz屋に行ったら、趙明義とリートンが李慧珍と張茜(レコーディングに遊びに来てくれた可愛い女性歌手)を引き連れて飲んでいた。何か人が一生懸命仕事してる間に女の子とキャッキャキャッキャと騒いでると思ったら・・・。小耳に挟んだこいつらの口説き文句は
「君たちが売れてビッグになったらもう手の届かない所に行ってしまうから、今のうちにお近づきにならないと手後れになっちゃう」
と言うものらしい。さすがは楽器も弾けるヤクザども!
 しかし困るんだよね、明日本番を控えた大事な歌手を夜中まで連れ出されちゃ。
 ま、でも俺も含めてそれを彼らに言える奴はいねえな。今回も本当に世話になったしね。
 彼女たちが帰った後、結局また朝までこいつらと飲んだ。
「末吉さん、いいかげんに帰ってくださいよ」
 Jazz屋のスタッフから泣きが入った。まあ俺も似たようなもんか。


<7日目>  ライブは無事(?)終了!

 いやー、さすがに私も中国式には慣れました。器材の搬入が1時間遅れても腹が立ちません。照明の担当者がいないのでと真っ暗闇の中でドラムのセッティングしても怒りません。ドラム椅子がなくてその辺の箱に座ってドラム叩いても気になりません。お気に入りのノーミュートのバスドラムの中にパンパンにシーツを詰められてポコポコな音にされても怒りません。
 リートンとてさすが中国人。PAの人に「ギターしか聞こえない! 音を下げろ!」と言われても怒りません。でも見ると、もうボリュームは限りなく0に近い。これでは私の愛する彼のフィードバックサウンドなど出せようはずがない。
 リハーサル開始。私はレコーディングのマスターテープから抜き出したコーラスやらシンセやらをMD4chに落として持って来た。これさえちゃんと出てれば、あとどんなトラブルがあろうと出音だけはしっかりするのである。さすがは場数王ファンキー末吉! と思ってたらこれをなかなかPAにつないでくれない。早くつなげよ、と思ったら「シールドがない」と来る。「こんな狭い会場でドラムに9本もマイク使うからじゃ! 減らせばいいだろ」と言ったら「もうこれで音作っちゃったからだめだ!」と開き直る。さすがに「MDの音が出ん限りリハーサルは開始せんぞ!」と啖呵を切ってしまう。まだまだ大人にはなりきれんもんだ。
 少し遅れて、ヤクザの親分よろしく趙明義が到着。夕べはあれからさらに朝の7時まで飲んでたらしい。約束通り友人のエンジニアを連れて来る。しかし小屋のエンジニアに却下されて怒って帰ってしまった。

 李慧珍は平行してレコーディング。でも緊張のあまり上の空だったとか。レコーディングスタッフと共に遅れて到着。レコーディングミキサーの青沼さんが、あまりの出音のひどさについに手を入れてくれる。「ギターがまるで聞こえないんだよなあ」そう、そう、そうでょ! これだからロックを知らない人種はいやなんだ。しかしチェックして見るとそのギターを上げようにもそのギターのマイクはすでに死んでいた。そしてよくよく調べて見るとドラムのマイクのフェーダーとてまるで上がっていないに等しい。だから言っただろう。「これぐらいの小屋だったら生音で響かせてやる。マイクなんて必要ない!」って。俺は1万人の会場で中止命令が出て電源落とされても生音で会場の隅々まで音を響かせたドラマーだぞ!
 リハーサル終了。青沼さんが頭かかえている。
「基本的にベースはつながってないんですよ。でも低音なんでなんとか回り込むとしてもギターはねえ。ギターが聞こえないと話になりませんよ」
 それでものんびり構えてたらコーラスマイクは結局準備されなかった。さすがに中国人スタッフを捕まえて啖呵を切る。「お前んとこの新人歌手の初ライブ、成功させたかったらまず本番までにこのマイクを生かしとけ。そして最初から言ってただろ、コーラスマイクを人数分用意しとけ!」俺はつくづくまだまだ大人にはなれないなあ。  本番前に俺はひそかにギターアンプとキーボードアンプを正面に向け直した。PAなんか頼ってられない。リートンに「ボリューム上げろよ。PAなんてあてになんないぜ!」と言うと、何のことはない、「当然だろ。本番は音上げるの当たり前じゃないか」・・・さすが慣れてるなあ奴等。  ライブは始まった。1曲目は俺が数年前もともと黒豹のために書き下ろした曲だ。そんな感傷の思いもつかの間、電源のトラブルだろうか頼みの綱のMDが止まった。結局コーラスマイクは俺の分しか用意されてないので、情けないと思いながらひとりでコーラスをする。これがそのまま大阪の「KissFM」でOnAirされるかと思うとまことに情けない思いである。  2曲目はうちの嫁に「この曲は本当に中国の曲よ」とため息をつかさせた曲、「不安」。現地の事務所関係でも「これは中国の民族音楽を彷彿させる」と言われた。そうかなあ・・・中華料理食って中国語で毎日生活してたらそうなるのかなあ。この曲はほとんどがMDの伴奏なので、また止まらないかどうかそれこそ不安で不安でどうしようもない。ところがギターソロが過ぎたあたりでまた止まった。ドラムを叩きながら隣の鴻小波に叫ぶ。「トラブル発生したからお前手弾きでエンディングやれ!」よしわかったとばかりうなずく小波。これが1日しかリハーサルしてないバンドのコンビネーションか。  2曲曲続きだったので、MCの間改めて小波に指示を出す。
「MDがトラブってるんで、基本的にお前が全部弾く方針でやってくれ!」
 3曲目は「猜愛」。幸いトラブルもなく無事に終わり、曲つなぎで「向前走」。ベースソロから始まって、キーボード、ギターとソロをまわしてドラムソロ。この辺はお手のもんだね。ところが曲中でマイクのシールドが外れて、李慧珍自ら顔を赤らめながら指し直す。絶対に起こらないはずのトラブルなんだけどね。
 何じゃかんじゃでライブは進み、最後の曲は「在等待」。例のチャートナンバーワンになった曲である。アルバムを作る時に中国側が提出した曲の中で「ここまでやるかね」と言うぐらいの中国的演歌的歌謡曲である。アレンジも出来上がってるのでアルバムの中では考えもんなのだが、こうやってライブでやって見ると意外や結構楽しい。やっぱ血にあるのかねえ。この曲もMDが止まるとアウトなんだけど、日頃の行ないのせいか無事に通過した。よかったね。

 平行して取材もボンボン入った。極めつけは日本から同行取材の日テレである。「今人(イマジン)」と言う番組でこの模様が1週間に渡って放送される予定。あとは大阪の「KissFM」。でもPAがこんな調子なんで音が大丈夫なんだろうか。
 インタビューで「ライブは何度めなんですか」と聞かれて李慧珍はこう答えた。 「初めてなんです。もう緊張して緊張して。しかも平行してレコーディングしてるんだもの」
 うーむ、悪かった、悪かった。でも初ライブがこのメンバーだったらあとはどんな奴とでも出来るよ。いい経験になったんじゃない?
 打ち上げパーティーの後、誰が誘うまでもなくぞろぞろとみんなJazz屋に集まって来る。ヤクザの親分よろしい趙明義に感想を聞いて見た。
「成功と言っていいんじゃないか。十分目的は達成してたよ。ただやっぱり出音がねえ。バンドはばっちり聞こえてるんだけど歌がまるで聞こえない。歌詞なんか全然聞き取れないよ。だいたいやる前にちゃんと俺に相談しねえからだ。4千元も出せば黒豹のPA器材そのまま貸してやれるのに。ミキサーだって俺が一声かけたらタダでやってくれるぜ」
 うーむさすがは任侠の世界、北京のロック界。
 Jazz屋では何だかみんなハイで、アシッドJazzに合わせて踊り狂ってた。参加してくれたみんなが「楽しかった」と言ってくれただけで俺は幸せさ。  李慧珍はどうだったかな。まだあと数曲歌入れが残ってるの頑張ってね。活躍を期待してるよ。あ、それと変な男にやられちゃわないようにね。
再見!

北京レコーディングレポート<完>


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