ファンキー末吉とその仲間達のひとり言

----第87号----

2003/07/12 (土) 14:40

ワシの秘書

ワシには日本にひとりと中国にひとり秘書がいる。
どちらも美人である。

日本の秘書は当年とってさんじゅうんんーーー歳、今は人妻。
怖いので年齢は公表できんが、
元中国で女優をやってたぐらいなのでそれは美人である。
ワシは普段日本にいないので、事務所に届いたもろもろの郵便物を整理し、
全てをMailでワシに送り、ワシが全世界どこにいても不都合がないようにしてくれたり、
日本に音楽出版会社を持っているのでその分配金の整理から振込、
そしてそれにまつわる税金や経理云々を会計士と共に処理してくれる。
中国語もべらべらだし、それは優秀!

中国の秘書は当年とって18歳になったばかり。名を麗々(LiLi)と言う。
名の通り非常に美しい容姿を持つ。
今もとあるロックバンドのレコーディング
(関連ネタ:https://www.funkycorp.jp/funky/ML/60.html
で使ったスタジオで働いていてワシと知り合った。

スタジオで働いていると言っても日本のスタジオの従業員を想像してはイケナイ。
雑工とでも言うのか、いわゆる小間使いで、
給料は月に700元(日本円で約1万円)。
家は近所なのだが、暗くなると夜道が危ないのでスタジオのソファーに寝泊りする。
「こんな美人がこんなとこで小間使い?!!!」
びっくりしたワシは、そのロックバンドの顔色を伺うが、
たいてい美人だと狼のように群がるロックバンドの連中があまりに無関心なので
不思議に思ってたら、彼女は当時まだ16歳、どうも年齢的に射程距離外だったようだ。

ワシとしては当時、彼女のことを20過ぎぐらいに思ってたのでどうもがてんがいかない。
日本でもそうだが、美人であると言うことは即、「金になる」と言うことである。
その気になれば月に何倍もの収入になる職種はあるはずである。
またどうして学校に行かず働いている?家庭が貧乏だから?
尽きせぬ興味の上に彼女の素朴で真面目な人間性や、
実は非常に聡明な人間であることを知り、
頼み込んで今の仕事と平行してワシの秘書をやってもらってる。

中国でのワシの秘書仕事、
これは日本と違い、主な目的はひとえに派閥争いからの脱却である。
人間関係が全てを決めるここ中国では、
ワシのようにS氏の仕事を多くやっているだけでS氏の派閥であるとみなされ、
S氏を快く思ってない派閥からは通常はまず仕事が来ない。
まあワシの場合は12年間の中国での歴史の中で独自の人間関係を持っており、
中にはS氏に喧嘩売っても屁とも思わない人間も多いので
こうして多くの仕事を請けることが出来るが、
仕事の新規開拓としては少々難しいところがある。
みんな言うならばS氏が怖いわけである。

ところがワシのように自分の携帯電話を秘書に転送し、
受けた人間が彼女のような素朴なキャラクターであった場合、
依頼主は非常に安心して物事を率直に頼めるようになる。
男だとそこに大きな自分の意思が入ったりそれ自身が派閥だったりしてよろしくない。
さっそくワシは彼女に携帯電話を買い与え、
日本にいない時には自分の電話を彼女に転送し、
彼女は受けた電話をすぐにMailにしてワシに連絡する。
スタジオに24時間詰めているからこそ出来る業務である。

こうして私の電話秘書をやってもらって1年以上になる。
先日出会ってから2度目の誕生日を迎え、今ではもう18歳。
本人曰く「私はもう大人よ」。
気がつけばワシが可愛がってたデブのキーボーティストを彼氏にしてたり、
そう言えば最近とみに美しくなったようなそんな気もする今日この頃、
先日ふとしたことからこんな大事件が起こった。

「よっ!お前北京にいるのか?友人から聞いてお前がいるっつうんで、
よかったら会わねえか。頼みたいこともあるし」
痩人のボーカルである載秦(DaiQin)から電話があった。
(関連ネタ:https://www.funkycorp.jp/funky/ML/37.html
会おうと言っても日本のようにすぐスケジューリングをしないのが中国。
「今日ヒマか?」がすぐスケジューリングであるここでは、
実際に会うのが決まるのはその当日だったりすることはままあることである。

その日もいきなり
「どこにいるんだ?今日”二手薔薇”がライブなんだけど一緒に見に行かないか?」
そう電話をもらったワシは秘書の麗々(LiLi)と共に出かけてゆく。
まあワシとしてもちょっと出かけるには彼女のような美人を連れ添ってゆくと鼻も高いし、
なにせ音楽業界の人間とはなるだけ多く彼女を会わせておくと
後々電話を受けた時に仕事がスムーズになってよい。

まあライブ自体はそこそこ盛り上がって終わり、
毎度のようにライブハウスの入り口で知り合いみんなが溜まっている。
麗々(LiLi)や、日本人エンジニアKeizoと共にうだうだやってたら
載秦(DaiQin)がやって来て「うちで飲もう」と言う。
みんなは帰ると言うので麗々(LiLi)のことはKeizoに送って行ってもらうように頼み、
ワシはべっこに載秦(DaiQin)のタクシーに乗り込む。
何せ彼女の収入ではタクシー代を払うのもままならないので
この点はいつも気を使うところである。

載秦(DaiQin)の家に着くや否や彼の携帯が鳴る。
何やら深刻な話をしているが、
会話の中にFunkyと言う言葉が聞こえたので何かと思っていたら、
電話を切るや否や彼が興奮してワシにこう言う。
「お前が今日連れて来てた女の子はどんな服を着てた?」
どんな服と言われてもこのように服装に無頓着で40数年生きて来たワシである。
彼女と一緒にいたと言っても服までは全然記憶にない。
「お前なあ。彼女が明日大スターになるかも知れないんだぞ!すぐ思い出せ!」
思い出せと言われても覚えてないんだから思い出せない。
すぐに麗々(LiLi)に電話して載秦(DaiQin)と繋ぐ。
着ていた洋服の確認をして電話を切り、膝を正してワシにこう言う。
「ファンキー、さっき電話があったのは俺の友達で大きな製作会社の大幹部だ。
その人が言うには、あんな清楚な汚れてない美女はいない。
さっそくわが社と契約をしたい。まずはポラを撮ってそれを見てから決めたい。
つまりあくる日に彼女は大スターになるかも知れないんだぞ!!!」
すでにアンダーグランドではトップに位置にある彼がこれほど興奮してるんだから、
それはそれは凄い話に違いない。

そこでワシが心配したのは彼女の性格である。
とても芸能界で勝ち残っていけるほど自我が強いわけではなく、
将来の夢を聞いても何があるわけでもなく、
現在の中国の社会体制をワシは「カースト制度」と呼んでいるが、
実際彼女のような最下層の人間はどんな夢を持っても実現することはまず無理で、
一般の労働者は大体はその周りの「相応しい」人と「相応しい」結婚をし、
給料の何倍もの出産費用を友人たちのカンパによりまかなって新しい家庭を築き、
共に「相応しい」仕事を一生懸命にこなし、その借金を返してゆく。
「夢は?」と言われてもそんなにすぐには思いつかないのが現実なのであろう。
思えば日本の通常のサラリーマンだとてそうではないのか?・・・

でもそんな中でも上を見る人たちは非常に多く、
多くのコネやチャンスを見つけて自分の現在のカーストを乗り越えようとする人も多いが、
彼女のように本当に素朴にそこで純粋に生きている人は今の中国でも少ない。
その分、美しいが全然汚れてない、そんな彼女のよさを見つけたその幹部は
真に「見る目があった」とワシは本当にそう思う。

ワシはもう一度彼女に電話をしてこう念を押す。
「お前はオーディションを受けに行け!これは仕事だ。
これがお前のいつもの”内気”で自分から断ったりしたら俺はお前と絶交する!!!」
もともと彼女はワシのことを「友達」と思ってるから秘書仕事をやってくれてるわけで、
金やコネやそんなものが欲しくてやってることではないことをワシは知っている。
日本から日本では安すぎる給料を払ってはいるが、
それさえ本人に受け取らすことは毎月毎月至難の業である。
日本では既に皆無だが、
中国でもこのテの女の子はもう希少価値なのでそれはそれでワシは苦労している。
「仕事だ」と言えば彼女もあきらめてオーディションぐらい受けるのではないか、
そしてその友情を失うと脅せば思い腰も上がるのではないか、
そう思っての配慮である。

電話を切ってから載秦(DaiQin)が心配そうに聞く。
「彼女やるかな・・・大きなチャンスなんだけどなあ・・・」
「何せ欲のない娘だからなあ・・・」
ワシも非常に心配である。
「問題は彼女がいつ卒業するかだなあ・・・」
載秦(DaiQin)が心配そうにそう言うが、
「彼女?学校行ってないよ」
そう答えるワシに彼はびっくり!
「今時、学校に行ってない?どうしてだ?」
「俺も詳しくは知らんが家が貧しいんじゃない?」
彼はしばしの無言・・・
「お前なあ・・・彼女はあんなに美人なんだぞ?どうして学校行ってないんだ?・・・」
「美人だと学校行けるのか?」
「いや、そう言う意味じゃなくて、あんなに美人なんだぞ、別の生き方があるだろう」
ワシは彼に今の彼女の状況を説明する。
カースト制度の階層から言うとアンダーグランドの彼の階層でも彼女よりは数段上である。
「彼女は自分が美人であることを知ってるのか?お前は彼女に言ったことがあるのか?」
「まあ何度も言ったことはあるが、
彼女としては外国人ウケする顔ぐらいにしか思ってないんじゃないの?
初めて言われたって言ってたよ」
それを聞いてまた彼は呆然となる・・・
そして思い詰めたようにこう言った。

「彼女は何としてもこのチャンスに乗るべきだ。
万が一彼女が大スターになったら、その分ご両親にお金をあげられるじゃないか」

中国人が人を説得する言い回し、
これは時折日本人からは非常に現実的に思うことがしばしばあることだが、
それはそれで非常に説得力があったりする。
事実、翌日麗々(LiLi)を彼のところに連れて行って詳しい話を聞いてる時、
最後に彼が彼女にこう言った。

「お前の家庭の事情はよくわかった。でも考えてみろ!
お前が明日大スターになれば、
お前が小さい頃に叶えられなかったいろんなやりたいこと、夢、
それがお前の10歳の妹は全部叶うんだぞ!!!」

まことに中国人的な口説き方である。
ある種の日本人は中国人のこう言う現実的な部分を大嫌いだと言うが、
ワシは非常に快く思う。
特に貧乏な階層は一生貧乏であるこの世界で、
今は亡きアメリカンドリームが中国にはあるのである。
カースト制度を一発で飛び越える飛び道具がここ中国ではあるのである。
美人であること。それだけで一挙にそれを飛び越えることが出来る。
これが中国の面白いところである。

次の日、朝いつものようにジョギングをしながら彼女の寝泊りする近所のスタジオに行った。
走るのを止めるとダイエットによくないので、
そのスタジオのロビーを走りながら彼女に念を押した。

「また内気になってないだろうねえ。本当に絶交するよ」

ちょっと悲しそうな顔をしながら
「それはあまりに悲しいからやることはやってみます」
と彼女。
恥ずかしさでちょっと赤らんだ頬が非常に可愛い。

数日して彼女はポラを取りに行って契約書のドラフトをもらって来た。
10年契約。給料もちゃんと保証してくれる。
「給料が今よりよければいんじゃないの?」
気楽に言うワシ。
もうひとつの条件としてダイエット。
あれほど痩せてる彼女に更にダイエットをさせるのか?
ちと可愛そうではあるがワシは冷酷にこう言い放つ。
「仕事じゃ。痩せて金がもらえるなら一生懸命仕事しろ!」
真面目な彼女にとっては殺し文句である。

ちょうど居合わせた中国で一番売れているロックバンドのドラマー
(関連ネタ:https://www.funkycorp.jp/funky/ML/78.html
が契約内容に口を挟む。
「10年は長いなあ・・・5年ぐらいが妥当なんじゃないの?」
ワシの意見で言えば、彼女はもともとこの世界を求めて生きて来たわけじゃないし、
スタジオの小間使いを一生の仕事とも思っていない。
給料さえよければそれが10年でもいいんじゃないの?
少なくとも今の生活よりはいいわけだし、ご両親に今よりも楽もさせてあげられるし、
もし万が一失敗したとえ今の生活に戻るだけだしそれでいいんじゃない?

そんなワシの意見を彼は一笑してこう言った。
「戻れると思うか?」

これが中国。
一度カーストの上を見た人間は二度とその階層には戻れない。
契約書を片手にいろんな人の意見を聞いてまわる彼女。
それはまるでもうスター予備軍である。

彼女が生まれて初めて化粧して撮ったポラを見た。
そこにはダイヤの原石とも言える今の素朴な彼女ではなく、
どこにでもいる普通の中国人女性がいた。

彼女がその契約書にハンコを押すかどうかはまだわからない。
願わくば彼女に大スターになって欲しい、
そんな気持ちと、
でも出来たら彼女に変わって欲しくない、
そんな気持ちでワシは今、嫁入り前の娘を持つ気持ちである。

先日彼女と飯を食った時に、
彼女は遠慮なく主食をオーダーしいた。
貧乏な育ちをしているからか、彼女は特に主食が好きである。
びっくりして「ダイエットは?」と聞いてみた。
「うーん・・・もういいの。なんかあんまり楽しそうじゃないから・・・」
そんなぁ・・・
まあ彼女にしてみたら、したこともない化粧をしたり、
見たこともないような契約書を持って右往左往する毎日にもう嫌気が差したのだろう。

普通の中国人だったらここでメリットを説いて説得するんだろうが、
ワシはワシなりにこう言って励ました。

「お前が楽しくなくても、周りは全員楽しいんだからやれ!」

彼女の決心はまだつかないようである。
次の秘書を準備するべきかどうか、
予断の許さぬワシの中国生活である。

ファンキー末吉


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