ファンキー末吉とその仲間達のひとり言

----第134号----

2008/03/17 (月) 0:52

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Kちゃんの物語その2

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私の携帯の番号は、私が携帯と言うものを手にしてから一度も変えたことがないので、
時には思いもよらぬ古い友人から電話がかかる時もある。
番号表示で誰だかわかる時もあるし、
声を聞いてやっとわかることもあるのだが、

「私よ、誰だか忘れたの?」

と言う彼女の声を聞いた時、とっさにこの声の主を思い出すことが出来なかった。
ひょっとしたら心の奥底で忘れてしまいたいと思っていたのかも知れない。

「私よ!車持ってるでしょ!すぐ迎えに来て!」

迎えに来てったって真夜中である。
「この夜中にのこのこ迎えに行ける人間がどこにいる」
とは言ったものの、
その日は嫁も子供も寝静まってひとり仕事部屋で仕事をしてたので別に行こうと思えば行けないこともない。
「どこに行けばいいんだ?実家か?」
彼女の実家にはアッシー(死語)として何度も送り迎えに行ったことがあるので今だによく覚えてはいる。
「バカねぇ。今だに実家にいるわけないじゃん!私もう結婚したんだから。
でも今から家出するからすぐ迎えに来て!」

今更「あわよくば心」はない。
前回の事件で私は彼女を、いや「女」と言うものの怖さを心底感じてしまっている。
スケベ心よりは好奇心である。

彼女は結局あの男と結婚したのか?
やっぱりあの女を殺したのか?
それとも・・・
いろんなことを考えながら彼女の指定した公園に向かった。

数年ぶりに会った彼女は二十歳の頃と変わらず若々しく、そして相変わらず美しかった。

「行くところがない」と言われたって嫁も子供もいる私の家に転がり込まれても困る。
例え彼女のことを好きだったのは今は昔であろうともである。
とりあえずめったに帰って来ない友人のアパートがあるので
彼女を紹介してしばらくそこに住まわせることにした。

そこでゆっくり話を聞いた。

聞けば殺傷事件にまでなってしまったその昔の男は、
その原因となったその女とその後も切れずにいたらしい。
私から見たら命知らずの男なのである。

「何か私ってどんなことされても我慢してついてくる女に見えるらしいの」

彼女はある意味ではそう言う女である。
その男が他の女に手を出しさえしなければ平穏無事な幸せな家庭を築けたかも知れない。
しかし男は女と切れなかった。
そして予告通り彼女はその女を殺したのか?・・

いや、修羅場はそれ以上続かなかった。
新しい男性が現れ、失意の彼女を慰め、
そして彼女と結婚したのである。

その旦那は見事に彼女を救い、
そして結果的にはその女の命までをも救ったと言えよう。

しかし男とはどうしようもなくアホな生き物であると言うべきか、
はたまた彼女はとことん男運が悪いと言うべきか、
運命は再び繰り返し、悪いことにまたこの旦那が浮気をしたのである。

今や私なんぞ、
「こんな女を妻にして浮気なんぞしようものなら命がいくらあっても足りないぞ」
と自己防衛本能が素直にそう思わせるのだが、
当の旦那はどうもそんなこと夢にも思わないらしい。
昔の男も、そしてその旦那も、
私の見た彼女のあの恐ろしい面はまるで見ることが出来ないのである。

私があの時見た彼女、
あの極端なまでの冷静さで殺人を遂行しようと言う恐ろしさは、
実は決して人からは見ることが出来ない「Dark Side Of The Moon」だったのではあるまいか。
実はそれはまだ誰も見たことがなく、あの時私にだけ見せたものだったのではあるまいか。

だから今回も私を呼び出した。
その「Dark Side Of The Moon」を見てしまった私を。
それを見せられる唯一の人間である私を。

ちなみにピンクフロイドの名盤「Dark Side Of The Moon」の邦題は「狂気」と名付けられている。
後に続く「Crazy Diamond」も「The Wall」も、
全て彼らは「人間の狂気」を題材にその音楽を作って来た。
しかし彼女は違う!
彼女は決して狂ってなどいない。
恐ろしいほど冷静に、「普通」に殺人を遂行しようとしていた。
狂気のかけらなど微塵にも見られなかった。

殺人など激情に駆られてやるもの、
狂気に駆り立てられてやるものだと思っていた私は、
それだからこそ身の凍るほどの恐怖を感じた。

彼女があまりに「普通」で、あまりに「冷静」であったからだ。

それはまさに人の心の「Dark Side Of The Moon」。
「人を愛する」とか「尽くす」とかと言う表の部分が、
そのターゲットの裏切りによりそのままその裏側、
つまり「殺す」と言うことになるだけで、
それは激情にほだされてでも何でもない。
彼女にとって、いや人にとってそれは「普通」の行動だったのではあるまいか。

普段と変わらない様子で彼女は旦那の浮気について説明する。
それは別に普通の笑い話と寸分変わらない言い方である。

「旦那もそうだけどその女もバカだわよねぇ。
そんなことして私にバレないと思ってるのかしら」

そう、彼女は決して頭は悪くない。
むしろ洞察力、頭の回転、女のカン、どれをとっても恐らく人並み以上の能力であろう。
それをフルに稼働して、その女が誰か、名前は何で、年はいくつで、
仕事は何をしていて、職場はどこで、
勤務ローテーションはどのようで、
住んでるところはどこで、実家はどこで、
その電話番号まで全てを既に調べ上げている。

私はまた背筋が寒くなって彼女にこう聞いた。
「まさかまた殺すとか言いだすんじゃないだろうね」
彼女はまたそのとびっきりの笑顔でそんな私の心配を笑い飛ばした。
「バカねぇ。私もあの時は子供だったの。
もう殺したりなんかするわけないじゃない」
くったくのないその美しい笑顔を見て私はほっと肩をなでおろした。

するとすかさず彼女、
「死んだ方がましだと思うぐらいの目に合わせてやるの」

私はまた恐怖で凍りついてしまった。
彼女を絶望から救ったこの旦那は、
また自らの手で彼女の「Dark Side Of The Moon」をひっぱり出してしまったのだ。

それからの彼女は私は心底恐ろしかった。
毎日のようにその女を追いつめてゆく。

「まず仕事をやめさせてやるの」
職場に行く。
その女のローテーションは全て把握しているので、
敢えてその女が出勤していない時間を狙って行く。

「一番偉い人出してちょうだい!
おたくの従業員が私の留守中に私の旦那と・・・」

その女が部屋に残した遺留品をつきつけて、
泣く!喚く!全社員の前、全てのお客の前で可哀想な被害者を演出する。
それを沈着冷静に完璧に演じるのである。

「次は親だわ」
実家に電話をして女の両親に向かって泣く!喚く!
その全てが「感情」ではない、「計算」なのである。

「そうそう、住むところもなくさなくっちゃ」
今度は勤務時間のローテーションを見計らって
アパートでご近所さん、大家さん相手にそれをやる。

やられた方はたまったもんじゃない。
しかも相手は今や家出していて携帯もOFFにしているので捕まえようにも捕まえようがない。
旦那とてたまったもんじゃない。
言いたいことがあるなら自分に言えばいいじゃないかと思ってもその相手がつかまらないのである。

私にその旦那もその女も救うことは出来ない。
何故なら私には彼らと何の接点もないのである。
会ったこともなければ名前すらも知らない。
ただひたすら、時間のある時に彼女を慰め、
気をまぎらわせてやるだけである。

「ほんと、私って男運悪いのかしら・・・」

彼女はちょっと疲れた感じで私にそうつぶやく。
何も特別なことで疲れた感じではなく、
ただ「仕事が忙しかった」とか「普通に」生活に疲れた感じでそう言うのである。

私は何故こうして彼女に世話を焼いているのだろう。
10年近く会ってなくてもすぐにこのように「普通」に会える友人であるから?
それともやっぱり彼女が美しく、魅力的だから?

彼女はその美しい横顔をちょっとこちらに向けてほほ笑みながら言った。
「末吉さん、今でも私のこと好き?」

私は体中に鳥肌が立つほど恐ろしかった。
それほどまでにも彼女の笑顔は美しかったのである。

その女に対する彼女の猛攻撃は続く、
職場にいようともアパートに帰ろうとも、
そしてたまりかねて友人宅に身をよせようとも、
必ず彼女はそこを突きとめてやってくるのである。

しかも必ず自分がいない時間を見計らって・・・

気も狂わんばかりになったその女は、
結局頼るところは自分が愛人関係にあるその相手、
つまり彼女の旦那のところしかない。
最終的にその女は旦那のマンション、
つまり家出する前に彼女が旦那と住んでたその部屋に転がり込んで来たのである。

彼女の最終攻撃が始まる。

旦那の勤務ローテーションも完全に把握しているので、
旦那が絶対に電話にも出れない、職場も放棄できない時間帯を狙って、
その女が一人で震えながら待つ、かつての自分のマンションに乗り込んでゆく。

ピンポーン

自分の家なのでカギは持っているのにわざわざ呼び鈴を鳴らす。
もう精神を病んでしまっているので女は出てこない。
女が出てくるまで何度でも何度でも鳴らす。
女は恐る恐るドアまでやって来てのぞき穴から彼女の顔を見たとたん絶叫した。

「キャー!!!!」

彼女はゆっくりドアにカギを差し込みゆっくりとカギを開けた。

ガチャン

「キャー!!!!来ないで!!!入って来ないで!!!」
女は部屋の中で半狂乱となる。

しかしドアには運良くチェーンロックがかけてあった。
彼女はそのドアの隙間から部屋を覗き込んで優しそうにこう言う。

「開けなさい。ここは誰の家だと思ってるの?」

「助けて!!!誰か助けて!!!」
半狂乱で救いを求めて電話をかける。
救いを求める相手はただひとり、彼女の旦那であるにも関わらず、
その彼はあいにく電話口には出られない。
職場にかけても職場を離れることは出来ない。

彼女はドアの外でゆっくりと自分の携帯を取り出し110番に電話をかける。
「もしもし、警察ですか。
私の家に知らない人が入ってて中から鍵かけて出て来ないんです。
何とかしてもらえませんかねぇ」

近所の交番から数人の警官がやって来る。
「中の人!出て来なさい!あなたのやっていることは犯罪です!」
チェーンロックをかけたドアの間から警官が叫ぶ。
半狂乱の女は泣き叫ぶ。
「その人を何とかして!私、殺される!!」

警官が彼女に質問する。
「どう言うことなんですか?お知り合いですか?」
ニコっと笑って彼女は余裕で答える。

「いいえ、会ったこともありませんよ。あの女、頭おかしいんじゃないですの?」

法律的にはこの女は「不法侵入」を犯している。
警察としては最後の手段として、チェーンカッターでチェーンを切って中に入ることとなる。
説得すること数十分。
中の女は説得に応じて恐る恐るチェーンロックを外した。

ドアが開くが早いか中に飛び込むが早いか、
彼女は勝手知ったる自分の家の台所の包丁を掴んで女に切りかかった。

「キャー!!」

警官が数人がかりで彼女を取り押さえて事なきを得たが、
結局はこの事件は三角関係が生んだ痴話喧嘩と言うことで処理され、
切りかかった彼女よりも不法侵入のその女が罪に問われる。
彼女はただ「嫉妬で逆上した」可哀想な妻にしか見えないのである。

そう、彼女の「Dark Side Of The Moon」を見ていない全ての人間は彼女をそのようにしか見ることが出来ない。
しかし私は知っている。
彼女は「逆上」などしていない。
いつでも「冷静」で、「やるべきこと」を「完璧に」遂行しようとしているだけなのだ。
それは人を愛し、尽くすのと同じように遂行しているだけなのだ。

「また殺し損なっちゃった・・・」
笑顔でそう私に報告する彼女に私は心底震え上がった。
離婚調停は「絶対に別れない」と言う彼女のかたくなな態度により泥沼化したと聞く。
彼女はまたあの美しい笑顔で私にそう言った。

「離婚するわけないじゃん!だって愛してるんだもん」

それから彼女には会ってない。
だから数日前、また彼女から突然電話があった時には心底びっくりした。
聞けば再婚し、子供が出来、その新しい旦那もまた浮気をしたと言う。

しかし今度は状況は違った。
旦那は泣いて真剣にあやまり、
彼女の目の前でその浮気相手と手を切り、
今も彼女に毎日毎日あやまり続けていると言う。

「でも一生許せないかも知れない」
彼女が私にぽろっとこぼしたその言葉を聞いて私はとても安心した。
これは「感情」が言わせるもので
彼女の「Dark Side Of The Moon」が言わせていいるものではないからである。
その旦那ならきっと一生彼女の「Dark Side Of The Moon」を封じ込めるかも知れない。
そしてそうであって欲しいと心から思う。

人はみなその心に「Dark Side Of The Moon」を持っている。
私の妻に、
そしてこれを読んでいる全ての妻帯者の妻だけにはそれがないと誰が言いきれよう。

それを引っ張り出すか永遠に封印するかは全てはその旦那次第なのである。
Kちゃんの物語、これは決して他人事ではないと世の全ての男性は知るべきであろう。

完(であることを心から願う)

ファンキー末吉


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