ファンキー末吉とその仲間達のひとり言

----第93号----

2003/12/04 (木) 15:40


女子十二<楽<坊のレコーディングに呼ばれた。

プロデューサーLはベジタリアンである。
WINGと一緒に生活して思ったのだが、
ベジタリアンは結局主食を多く食べることになるから意外と太る場合が多いのだが、
プロデューサーLはかなり痩せている。

こんなに痩せるんだったらワシもベジタリアンになろうかな・・・

ベジタリアンは肉を食べないから性格が草食動物的に温厚になると言うが、
彼もまさに怒ったところを見たことないし、
ただ音楽に対しては妥協を許さず、レコーディングでは納得するまでとことんやり直すので、
いい意味でミュージシャンやエンジニア泣かせとして有名である。

まあスタジオミュージシャン仕事では予め何の仕事かを聞くことはまずないし、
こちらではスタジオに着いても譜面があることも珍しい。
着いたらプロトゥールスのデータを聞きながら自分で構成譜を作り、
それを見て叩き終わったらベースやギター等を録るために
そのワシの譜面にコードを書き込む、もしくはついでにワシが書いてやることも多いが、
彼の仕事では予めそのDEMOデータと譜面を渡してくれた。
中国では珍しいことである。

DEMOを聞いた。
たくさんの中国民族楽器・・・これってあの「女子十二<楽<坊」?・・・
ワシなんぞ時々日本に帰って彼女達の報道を見ても、
当時ブームであった北朝鮮美女軍団とあんまし区別つかんかったもんなあ・・・

まあ日本では大スターだと言うから光栄である。
中国では多い時はヒットチャートの上位5曲のドラムは全部ワシが叩いていて、
まあ生ドラムなんて贅沢品はよっぽど売れている人じゃないと使わないので
当然ながら大スターばかりの仕事なのだが、
日本での大スターの仕事となると何かちょっとミーハー的に嬉しかったりするのよね。

しかしスタジオ仕事と言うのは必ずしも本人が現場には来ない。
よっぽどアレンジとかが気になる人以外はまずはプロデューサーにお任せで来ない。
ひとりひとりの顔は浮かばんが、
美女達に会える可能性はないのでとりあえずミーハー心をはやしても仕方がない。

先にスタジオに入ってドラムをセッティングし、
日本人エンジニアKeizoと音を作り、
アシスタントが持ってきたプロトゥールスデータに合わせていろいろ叩いてみる。
アシスタントの話では夕べは彼は朝9時まで仕事をしてたと言うので、
「じゃあ先にちょっと録っててみようか」
と、彼の到着まで音決めも兼ねてレコーディングしてみる。

北京に来たばかりの時は、
「ワシは2回は叩かんよ!
ジュリーや美空ひばりと同じね。1回叩いたらそれで完璧やからもう帰るよ!」
を気取っていたが、
それをやっても結局何の意味も意義もないことがわかり、
最近はむしろ時間があったら何度でもやり直して、逆に自分が納得出来るものを作りたい。

数度叩いてだいたいのパターンが決まった頃プロデューサーLが現れた。
叩いてるワシをガラス越しで見ながら親指を立てて上機嫌である。
「お、こりゃ、ひょっとしたらこれでOKか?彼にしてはえらい早い仕事やなあ・・・」
と思ってブースから出て来た。
久しぶりに会ったので、まず挨拶と世間話。

最後に会ったのは彼から印税のことで相談を受けた時。
中国は印税システムは基本的にないので、
「中国人アーティストは日本では売れないから、
中国と同じ買い取りにして現金もらっとけば」
と言っていたワシは、相手が女子十二<楽<坊と聞いて、
「いかんいかん!絶対に日本式の印税システムにしとけ」
と滑り込みセーフでそうなっていたのだが、
(関連ネタ:https://www.funkycorp.jp/funky/ML/91.html
2枚目に関しては中国側からの要請で、
「今後は日本の会社と直接契約してくれるな」
とのこと。
わかのわからん中国語の契約書のドラフトを見せられて一生懸命解読して助言してた。

契約と言うのは通常2枚つづりで片方を自分で持つものだが、
どちらかと言うと音楽バカの彼はその写しも持っておらず、
まず1枚目の彼の楽曲がどのように日本で登録されているのかを調べるところから始まる。
何せ彼の手にはざっと計算しただけで数千万円の印税が入ってくるのである。
いくら欲のない彼だとしてもゆくえは気になるところであろう・・・
たった一枚の契約書にサインした瞬間からその数千万円が相手方のものになり、
自分のところには中国式に10万円そこそこの金だけと言うことも有り得るのである。

あんな契約書にサインしたのかなあ・・・

そんな思いが脳裏をよぎるが、
それを話し出すとまた長いので、とりあえずはレコーディングである。
録音したドラムを聞いてもらう。

いつものようにニコニコしながら聞き終わった彼は、
「うん、とってもいいよ。でもねぇ、ここの部分・・・」
譜面と照らし合わせて意見を言う。
「この部分はね、もともと入ってるループを生かして生ドラムはカット。
この部分はね、もっとこう言う感じで叩いて欲しいなあ・・・」

全部やり直しやんけ!

ま、いいのよ。音楽監督が来る前に勝手に録音しただけのもんやし・・・
「でもこのテイクも置いといてね、後で使える部分もあるから」
と彼も抜け目ない。
日本のスタジオ仕事は1時間いくらで、しかも2テイク目になるとダブルを請求されるが、
中国では1曲いくらなので何度叩いても値段は同じである。
没テイクだとは言え、これだけのレベルのものは持って帰る価値はあるのであろう。

まあかくしてウォーミングアップは終わり、いよいよ本番である。
彼の指示通り、イメージ通りにドラムを構築する。
「スタジオミュージシャンは娼婦と同じだ」
と言う人がいる。
好きでもない男性に抱かれる娼婦と同じように、
好きでもないアレンジャーの言う通りに
あんましいいとも思わない音楽をお金のためにプレイする気持ちをこう表現するのであるが、
娼婦だとしても馴染みのお客さんと肌を合わせる時は恋人と同じ気持ちもあるんでは?
(娼婦になったことがないのでわからんが・・・)
ワシは彼と一緒に許魏(シュィ・ウェイ)の「時光・慢歩」と言うロック史に残る名盤を作ったし、
(彼は自分の資料をくれと言うと必ずこのアルバムを渡す)
今の段階で彼のヴィジョンがあんまし見えないとしても、
とりあえずはそれに向かって突き進んで行けば
きっとそれなりのエクスタシーがあるはずである。

ワシ・・・これが娼婦なら一生やってもええなあ・・・

何度か叩きなおして、
だいたいいいだろうと言うことになると最初からそれを聞きなおしてみる。
今回のレコーディングの場合は、メインである彼女達の音が先に録音されているので、
フロントをサポートするドラムと言う楽器の役割として、
そのOKテイクとドラムがちょっとずれているのが自分としてはどうも気になる。

「ここと、こことやり直していい?」
プロデューサーによっては「わかんないからいいよ、やんなくて」と言う人もいるが、
彼の場合は「じゃあここと、ここもやり直しといて」と来る。
早く仕事を終えたいプロデューサーと、納得するまでやりたいプロデューサーと
大きく二種類に分かれるのである。

まあミュージシャンだとて「早く叩き終わって帰りたい」人もいれば、
ワシなんか部屋でアレンジしてたり
プロデューサーとしてパソコン叩いていろんな段取りしたりするよりは
ドラム叩いてた方が楽しいので願ったりかなったりである。
夕方までたっぷり時間も用意してるし・・・

「琵琶と楊琴の音を上げてね」
人間なので必ずしもクリックと同じようなリズムで録音されてるわけではないので、
その微妙なヨレに合わせて、彼女達とびったり一緒になれるように何度もやり直す。
・・・彼女達とぴったり一緒・・・
・・・彼女達とぴったり一緒・・・
・・・彼女達とぴったり一緒・・・

・・・同じ一緒になるなら肉体的にびったり一緒になりたいんですけど・・・

アホなことを考えてるとリズムがよれるので再びやりなおし、
彼からの新しい要求も全部満足するまで反映して、何とかOKテイクが録れた。
ふたりで聞きなおす。
親指を立てる彼。自分としても満足したワシ・・・

「じゃあこれをKeepして同じように最初っから全部叩いてみようか」

日本人エンジニアのKeizoと顔を見合わせるワシ・・・
・・・いいのよ、いいのよ。一日ドラム叩いてられればそれで幸せやし・・・
その後の打ち合わせは5時から。
でも彼が遅く来たのですでに5時はまわっているが、
こちらの仕事は待たされる代わりに人を待たせてもそんなに支障はないので、
また気を入れなおして叩き直す。

・・・彼女達と組んず解れつ・・・
・・・彼女達と組んず解れつ・・・
・・・彼女達と組んず解れつ・・・

美女軍団のイメージはあるが、不思議と顔が浮かんで来ない。
言うなれば往年のオニャンコのようなもんであろうか・・・

彼女達はこちらでは全くと言っていいほどの無名であるが、
業界人の間では噂のもとである。
「あそこの社長は彼女達でいくら儲けたと思う?」
中国と言う国は、その会社が日本の会社からもらった細かい数字まで明確に人に知られる。
給料いくら?が平然と聞かれ答えるお国ならではであろう。
「それでも今彼女達が一本いくらでやらされてるか知ってる?」
彼女達の一本のギャラなどこちらの業界全ての人間に筒抜けである。
「文句言ったらその場でメンバーチェンジ、代わりはいくらでも控えてるからねえ・・・」
何が悪いの!っつう話である。オニャンコかてモー娘かてそうやないの!
出る杭は打たれると言うか、
突然にして大金持ちになったこの中国人社長はよくも悪くも話題の元である。

ガラス越にプロデューサーLの顔を見る。
日本の業界に新風を巻き起こした彼女達の音楽を作り出した風雲児にはとても見えない、
見るからにただの音楽好きのベジタリアンである。
売れっ子プロデューサーなのでいい暮らしはしているが、
かと言って音楽以外には何の欲もないただのミュージシャンである。
はっきり言って時の人でも何でもない。

「アカン、アカン、さっきのテイクには越えられん」
集中力も落ちて来たので先ほどのテイクをOKにしてブースから出てくる。
「でもいいところはたくさんあるからこれもKeepしていいところ使うね」
この莫大なテイクを家で全部聞いて処理するのは至難の業だが、
まあ彼はそれが好きで音楽やってるんやからそれでよかろう。

「ほな帰るわ」
荷物を片付けるワシ。データをエディットする彼。
「そうだ・・・」
彼が思い出したようにこちらを向いて口を開く。
「日本ではインストでも作詞の権利があって、それを会社が持ってくの?」

んなことあるかい!

詳しい話を聞くためにお互い座りなおす。
彼が言うには、日本人の「社長」とやらに会って、
この曲はインストなので、出版社が50%と作詞作曲に50%だけど、
あなたは作曲しかやってないので25%しかあげられません、と言われたと言う話である。

そりゃありえんじゃろ・・・

印税とは難しいもので、
例えば五星旗のOddに入っている歌モノの詞は、こちらの作詞家に買い取りで発注したが、
そこで万が一このアルバムが大ヒットして莫大な印税が入って来たとしても、
買い取ったワシは一銭たりともその作詞家に払うつもりはないし、
まあその作詞家もワシに文句を言う筋合いはなかろう。

何か今日本で売れてるシンガーソングライターが、
事務所経由で払われるその印税が未払いと言うことで訴訟を起こしているとかいないとか。
昔はそんなことは日常茶飯事だったが、
今のこのご時世にそうまでして印税に手をつける会社は珍しい。
貧乏なうちの日本の会社でさえ、
どう言う手違いか会社に毎回振り込まれるワシの本の印税も
うちのデブ社長Aはノドから手が出るのを我慢して全額ワシに渡す。

まあでもそれが何千万とかになったらどうなんかのう・・・

とりあえず彼の話だけではわからんので、
パソコンを持って来てネットで彼の曲の登録状況を調べる。
結果としては全てインストとして登録されている。
つまり著作権者として他の人の名前がないと言うことは、
この楽曲の権利は彼一人にあると言うことである。
それをどのような理由をつけてもその権利を半分持って行こうとするとそれは「騙し」である。

まあ出版社が日本の大手のW出版社で、
そこの社長が自ら彼に「お前の金、俺に半分よこせ」と言うはずはないので、
まあ次のように説明して話を終わらせた。

「君の著作権印税は、
日本の著作権協会から決められた手数料を引かれて出版社に振り込まれて、
そこが50%取って残りが直接君に支払われる。
契約を取り交わした間に他の誰も関与してないので、
まずこの権利が第三者から侵害されることはないはず。
もしそんなことがあったとしたらそれは犯罪だから、
その時は弁護士でも紹介するし訴訟でも何でもすれば絶対に勝つよ」

人間どんな人間でも巨額の大金を前にすると人が変わる。
しかし彼は自分に入ってくるであろう何千万円ものお金を前にしてもまるで変わらない。

「俺・・・そのためにケンカまでしてやりたくないし・・・」

ここまで来て黙っていたワシの日本人スタッフが声を上げた。
「ファンキーさん、ひど過ぎますよ。
だって1枚目で彼のところに莫大な印税が入るだろうと言うのを見て、
2枚目のその印税が直接彼のところに来ないようなやり方に今回変えられるんでしょ。
それを今度はその1枚目の彼がもらうべきものにも手を出して、
これが日本人作家だったらそうします?訴訟もんでしょ。
中国人だから何も知らないと思ってやってんですよ。差別ですよ!」

肉食動物の彼は話を聞いただけでケンカ腰になっている。
「まあまあまあ、それぞれの具象の相手が全部同じ人間とは限らんし・・・
彼の断片的な話だけを聞いて勝手に作り上げるのもよくないと思うよ・・・」
しかし北京で毎日羊肉を食って白酒を飲んでいる彼の鼻息は荒い。
「彼の権利を守るために立ち上がりましょうよ!
だいたいファンキーさんも人がよ過ぎますよ。
1銭にもならないのにわざわざJASRACやいろんなところ問い合わせて、
結局レコード会社なんてファンキーさんの出したメールも無視してるじゃないですか」
前回プロデューサーLの疑問をそのまま日本語にして
自分の名義で丁重に日本のレコード会社に質問メールを送ったが、
まあレコード会社にしてみればどこの馬の骨かわからん面識もない人間に
わざわざ返事は出さんわのう・・・
「彼の正式なエージェントになって、
彼の正当な権利をちゃんと取ってあげて正当な手数料もらえばいいじゃないですか。
そしたら彼だってもらうべきもんをちゃんともらえるし、みんながハッピーじゃないですか」

女子十二<楽<坊は突然あまりにも大きくなり過ぎた。
恐らく既にいろんな魑魅魍魎がこの周りに集まって来ていることであろう。
そんな中、ワシが第三者にも関わらずのこのこ出て行ったりすると
みんなはワシのことをその魑魅魍魎のひとりとして見るじゃろう。
そんなヒマあったらドラムでも叩いてビール飲んでた方がよっぽどいい。
友人だから、また彼にとっては術がないから頼まれるままに動いてはあげたが、
そこで手数料取ったり、それによって何かワシが得をした時点で、
ワシもその魑魅魍魎とさほど変わらなくなってしまう。
現にプロデューサーLも、何か新しい著作権の知識を得る度に
「日本人ミュージシャンのトモダチから聞いた」
と言うもんで、恐らくそれを聞いた関係者は
「よけいなことを吹き込みやがって」
と思ってるじゃろう。
いくら友人のためとは言え、ワシにとっては実は多大な損害なのである。

ふと気がつくと待ち合わせの時間からかなりたってしまっている。
「ほな、ワシ、ほんまに帰るわ」
きりがないので席を立った。
彼が北京での最高額のスタジオミュージシャンFeeを渡そうとするので、
「いやいや、ワシの値段でえいよ」
いやいや、それでは安すぎると譲り合う数分。
日本では10数年スタジオミュージシャンの値段は上がってないが、
こちらでは年々上がるので据え置いていたワシの値段はいつも「安い」と言われる。
でもその差、数百元(数千円)、今まで話していた印税の話、その額数千万円・・・

ええのよ、ええのよ!ワシは今夜もこれでビール飲むの!

帰り際に彼に聞いた。
「あ、そうそう・・・例の中国語の契約、結局どうしたの?」
笑いながら答える彼・・・

「あ、サインしたよ」

何か言いたい気持ちを押し殺してスタジオを後にした。
今夜のビールはきっと苦かろう・・・

ファンキー末吉


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