ファンキー末吉とその仲間達のひとり言

----第88号----

2003/08/13 (水) 13:30

LAにいる。

人はワシのことを空中人(フライング・マン)と呼ぶ。
ここ最近は毎週末XYZのライブのために北京から日本に戻り、
実家の高知にもヒマを見て戻りながら太平洋を越えてLAに来ている。

アホである。

ここはいい。街の中に椰子の木が生えてるなんて人間をもっとアホにする。
思いっきりスパイシーなビーフジャーキーをかじりながら毎日ビールを飲み、
早起きしてはアホなほどの日差しの中海辺をジョギングし、
そして昼間はXYZの時と同じく、トータルアクセススタジオでレコーディングである。
(関連ネタ:http://www.funkycorp.jp/funky/ML/19.html
http://www.funkycorp.jp/funky/ML/20.html

http://www.funkycorp.jp/funky/ML/21.html

今回は何のレコーディングかと言うと
中国で一番売れているロックバンド「零点(ゼロ・ポイント)」のTDである。
(関連ネタ:http://www.funkycorp.jp/funky/ML/37.html
まあどんなバンドかを形容しようもないので
「中国で一番売れているロックバンド」
としかいつも言わないが、
まあ中国ロックの歴史で言えば、崔健(ツイ・ジエン)で始まり、
黒豹、唐朝で花咲いた中国ロックの歴史の中で、
どんどんロックが巨大化して商業化し、どんどん細分化される中で、
彼らはアンダーグランドないわゆるロックな生き方を選択せず、
黒豹等の商業的な成功を模倣し、
内モンゴルから北京に上京してきて発売したバラード「愛不愛我」が大ヒット。
積極的にテレビ等にも出演し、
(関連ネタ:http://www.funkycorp.jp/funky/ML/56.html
あてぶりの番組やイベントにも積極的に参加してお茶の間の人気を不動のものとした。

日本で言うとバラードで売れていると言うと安全地帯(古い!)のような、
でもそんな甘く切ないわけではなく、男臭いと言うとJ-Walk(懐かしい!)と言うか、
ロックバンドであると言うとツイスト(もっと懐かしい!)と言うか、
ボーカルがスキンヘッドであると言うと爆風(みんな元気?)と言うか、
でも頑張って歌謡界に10年近くもトップで君臨していると言うとサザンと言うか、
まあサザンがロックバンドかと言うと零点こそ
「ありゃロックじゃない」
とみんなに言われるが、
まあ音楽性は別にして位置づけ的にはサザンみたいなもんではあるまいか・・・

どれほど売れているかと言うと、まあまずメンバー全員が金持ちである。
ドラムのEとは昔からの知り合いで、彼がドラマー仲間との飲み会で、
「お前は確かにドラムはうまいよ。でも俺は中国で一番金持ちのドラマーよ」
と冗談を飛ばしたと言う逸話もあれば、
日本からCDを買ってきてくれ、ファンキー末吉モデルのスティックを買ってきてくれと言われ、
会って渡す機会がないのでJazz-yaに放り込んで取りに来てもらったら、
その時にベンツのオープンカーを乗り付けて取りに来て、
従業員が肝をつぶして「あれ誰なんですか?」と社長の安田に聞き、
「売れてるロックバンドのドラマーよ」
と答えた安田に、
「ロックバンドって儲かるんですねえ」
と言った従業員に、
「中国のミュージシャンで金ないのは末吉さんぐらいだから」
と答えたと言う逸話もある。

まあ金があるんだから何でも出来る。
日本人ドラマーのワシをプロデューサーに起用したり、
XYZのLA録音の音を聞いて「ワシらもLAでTDする!」と言いだしても、
これまたこの世界、金があれば出来ないことはない。

ただし、ここに中国の現実がある。
海賊版王国のこの国で、正規版と海賊版の比率が
日本では99対1ぐらいなのに対して、
中国では4対・・・
(とここでワシはいつも間を空けて人に言う。そしたら4対6なのかなと思うが・・)
4対96。つまり25枚同じCDを並べたら1枚しか正規版はないと言うそんな国である。
印税も本人には入らず、でもレコードが売れたら名声があがって
ライブ(体育館クラス)の値段も上がり、
彼らのように年間100本ライブをやれば大金持ちなので
CDはいわゆる名刺ぐらいにしか思っていない。

当然レコード会社も一生懸命レコード作っても海賊版業者が儲かるだけなので
製作費もケチる。
まあ金かけるんだったら製作費にかけるよりも宣伝費にかけーよ、と言うのは
日本をはじめ世界各国どこのレコード会社も同じであるが、
しかし本人達はやはり金をかけてもいいものを作りたい。
聞くところによるとレコード会社の製作費の枠を超えたものは
メンバーが自分たちで払ってでもアメリカでやりたいと言う話である。

そんな話聞いたらワシなんか頑張りますがな!

数年ぶりにLAのウェイン・デイビスに連絡をとり、
つたない英語でギャラの交渉からスケジュールのブッキング、
と言っても実は影で二井原に手伝ってもらったりもしながら、
やっと今回LAにたどり着いた。

北京発ロサンジェルス行きの中国国際航空は中国人で満杯。
欧米人は数えるほどしかいない。
日本人も恐らくほとんどいないじゃろう。
いつから中国人はこんなにいっぱいアメリカに行けるようになったんじゃ・・・

空港についたらジャンボに満載の中国人がイミグレーションに殺到する。
ここはアジア?本当にアメリカなの?・・・

しまいにイミグレーションには中国人の係員が
中国語で並んでいる中国人に説明を始める。
「この入国カードにちゃんとローマ字で記入して下さいよ」
そうちゃんと説明しても
関西人のおばはんと基本的に似ている中国人と言う人種には通じない。
イミグレーションで書類を突っ返された中国人にもう一度説明しながら、
その係員のお姉ちゃんはついにヒステリックに叫ぶ。

「漢字で書いたってアメリカ人に読めるわけないでしょ!!!
ちゃんとローマ字で書きなさいー!!!」

同行したギタリストDは、ウェインから送られた正式なインビテイションを提出して
無事にゲートを通過したので胸をなでおろしながら、
ノービザで入国できるはずの日本人のワシは気楽な気分でゲートに立つと、
いきなり書類を突っ返された。

「は?」

つたない英語力で一生懸命理由を聞くと、ビザはどこにあるんだと言う。
「ビザなんかありまへんがな。日本人ビザいらない。私ニホンジンあるよ」
一生懸命説明するが、しまいには中国人の係員を呼ばれる。
聞けばワシが記入した書類は中国人用の書類で、
日本人は別の書類に記入せねばならないらしい。
スチュワーデスもワシに外国人用を配れよ!っつうねん!
まあ深く考えずに中国語の書類に記入してたワシもアホじゃが・・・

無事入国。
空港にはウェインが迎えに来てくれていた。
久しぶりの再会で抱擁を交わす。
彼があまりにデブなのでまるでソファーに包まれているようである。

そして車に乗ってはたと気がついた。
「つ、通訳はどないしょ・・・」
今までやりとりはEmailやチャットでやってたので、
まあ辞書も引けるし不自由もなく、気づかずにそのままやって来た。
ギタリストDの中国語とウェインの英語をワシが通訳する・・・

ワシ・・・どちらも母国語じゃおまへんがな・・・

最近気づいたのだが、10年以上中国語で生活していて、
ワシの中国語レベルは実は全然上がってなかった。
先日何の気なしに本屋で中国語検定の2級の問題集を買って来てやってみたら
これが全然出来なかった。
中国語を勉強し始めてすぐに3級を受けて、まあそれは好成績で受かったのだが、
次のクラスである準2級は散々で惨敗した記憶があるが、
早い話そのレベルのままワシはサバイバルに10年間生きて来ただけじゃったのじゃ。

得意の中国語でさえこのレベルなのに、その上に英語ですかぁ・・・

思い起こせば英語とて、
長年学校で教育を受けて来て、必要にせまられて英語学校に通い、
授業料をプリペイドで70万も払ったのに全然喋れない。

これは日本の英語教育が絶対悪い!
ワシらが教えられてきたことは「喋れば楽しい」ではなく
「間違えたら恥ずかしい」だけだったんではないの!
なんか英語話してると隣に採点者がいて、
文法や人称や過去形を採点している気分で、
言いたいことよりもそっちの方ばかりに気がとられて会話になんぞならない。

しかしまあ今回はそんなことは言ってられない。
何せワシとウェインとDしかいないんだから、
ワシがギブアップした途端にレコーディングは終わってしまう。
泣きたい気持ちで一生懸命ブロークンな英語を喋る。

しかし人間やれば出来るもんで、
またウェインもワシの英語レベルを知っとるからわざわざ簡単に言ってくれたり、
つたないながら何とか通訳(とは言えんレベルにしても)出来とるやないの!!!

そうなるとアホはすぐその気になるので彼を連れて街中を案内する。
買い物するにも道を聞くにも英語である。
中国人、外国に出ると必ず買い物をするが、
口癖のように「まけてくれ」と言う。
デパートでモノ買ってもワシ店員さんに言うもんね。
「でぃすかうんと、ぷりーず!」
店員さんが何と答えてもまた言うもんね。
「でぃすかうんと、ぷりーず!」
恥ずかしくないもんね。ワシもう中国人やもんね。

その気になれば強いもんで、
ある日の夜中にホテルに帰ってビールがないことに気づいた。
飲みに行くにもどこも開いていない。
コンビニに行くとビールの棚にはカギがかけられている。
「きゃんないはぶびあ?」
胸を張って聞くもんね。
もう隣で採点者がいるような感覚もないもんね。
「ほわい?」
売れないと言い張る店員に下手な英語で詰め寄る。
聞けばカリフォルニアの法律で夜中は酒類は売ってはいけないらしい。

あきらめて帰るところがワシもまだまだ日本人であるが、中国人ギタリストDは違う。
「ほな外に買いに行こう」
「法律でアカン言うてるんやからどこ行ってもアカンでぇ」
「んなことあるかい!何とかなるがな!」
何とかするのはあんたじゃのうてワシなんですけど・・・

閉まっているバーを一軒一軒覗いて行って人がいたらドアをどんどんとノックするD。
「何しまんねんな!」
びっくりするワシ。
「人がおって酒があんねんから売ってもろたらええがな!」

あんた、ここ中国じゃないんですけど・・・

結局誰一人としてドアを開けてくれるところもなく、
結局とぼとぼとホテルに戻るワシら。
「向かいのガソリンスタンドにビールがあるかもわからんで」
まだあきらめない中国人ギタリストD。
「あんた法律なんやからあっても売ってくれるわけありゃしまへんがな」
ずかずかと店に入って行くとガソリンスタンドなのにビールの棚があって、
でもそこにはカギがかかっている。
その棚をいきなりガチャガチャ開けようとするD。
驚いて店員が駆け寄ってくると「ほら交渉しろ」とワシをアゴで使うD。
しかたないので満面の笑みで店員に「売ってくれ」と交渉するワシ。
売るに売れないので何とか説明して帰ってもらおうとする店員。
ほなワインは別の棚なので取れるのでそれをキャッシャーに持って来るD。
あわてて「それも売れまへん!」と断る店員。
それでも「トモダチ、トモダチ」と交渉するワシ。
通じない客に何とか身振り手振りでわかってもらおうと頑張る店員。
「ほな何時からなら大丈夫なんでっか?」
とちょっと折れてみるワシ。
「カリフォルニアの法律で6時まではだめなんです」
と必死で説明する店員。
「ほな今が6時っつうことでどないや!」
また強気に出るワシに泣きそうな顔で、
ワインのバーコードのスキャナーにかけて、
「ほらスキャンできないでしょ」
と説明する店員。
「ほなスキャンせんかったらええがな」と更に食い下がるワシ。
ここでワシ、ちょっと中国的に頭を使ってこう持ちかけてみた。
「お兄さん。ここでとにかくワシ、お金を払いましょう。
そいでお兄さんは6時になったらそのお金をキャッシャーに入力して
6時に購入したことにしたらええんとちゃいまっか?」
これにはさすがに唖然の店員。
「このワイン、おいくらでっか?25ドル?ほなワシ、30ドル払いまひょ。
残りはあんたがとっときなはれ、どや、これええアイデアやろ?」
さすがの店員、もうあしらうのにも疲れたのか、ついに態度を軟化させて来た。
「警察は近くにおらんかったか?」
本当は先ほどのコンビニにパトカーが一台止まっていたが、
「ワシらさっきからこの辺うろうろしてるけど全然そんなんおりまへんでしたで」
強気に押しまくるワシ。

ついに店員、「見つかったらやばいからお前のカバンを出せ」と来た。
喜び勇んで車にカバンを取りに行き、その中にワインを隠すワシ。
ワインが買えたんならビールも買えるやろと更にビールの棚をガチャガチャするD。
頼むから帰ってくれと懇願する店員。
まあそこまで言うなら帰ってあげましょうとDをうながして帰るワシ。

トモダチ、トモダチ、片言英語でもみんなトモダチね!

部屋でワインで乾杯。
ワシ、英語もなかなかいけるやないの?・・・

次の日やっと通訳が見つかった。
もうスタジオには英語と中国語しかない。
ワシはもう頭の中ではきっと日本語では考えてなかったのだろう。
ところが次の日、日本人の通訳がやって来た。
久しぶりに日本語を喋るとちょっと下手になってたような気がしたが、
もちろん母国語なのですぐに回復する。

すると突然英語も中国語も喋れなくなった。
中国語はしばらくして回復したが、
それ以来英語はもとのもくあみとなった。

ワシにやっぱり英語は無理なのよ・・・

ファンキー末吉


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