ファンキー末吉とその仲間達のひとり言

----第45号----

2001/07/22 12:20

タイから帰ってきた友人が、「東京の夏はバンコクよりも暑い」と言っていた。
北京の夏も40度を越える暑さだが、湿度が低い分カラッとしていて過ごしやすい。
気温が40度を越すと学校とか企業とかが休みとなるので、
政府の発表が常に「39度」が毎日続くと言う北京の夏を今年は経験することなく、
この夏は俺はひたすら日本にいる。
8月中旬までは都内某スタジオで24時間体制でレコーディングなのでである。

日本にいると言っても家はない。
住んでたマンションには借り手がついて、
その家賃収入で北京の家族に仕送りが始まる。
俺はと言えば別に日々のライブ等をやってその日暮らしをすればいい。
長年思い描いてた理想の生活である。

一応家財道具は「ドラム部屋」と呼ばれている木造のアパートに放り込んでいる。
と言ってもほとんどが嫁の荷物で、俺の荷物なんぞ段ボールに半分ぐらいのもんだが・・・
ドラム部屋には南波と言う住人がいる。
Jazz屋をやってた男だが、今独立をして店を出す準備をここでやっている。
俺もここで寝ることは出来るのだが、クーラーはないし、風呂もないので、
よしとばかり24時間体制のレコーディングに突入したと言うわけだ。

実はレコーディング開始直前にスタジオが変更となった。
予定していたスタジオが日々の俺のレコーディングプランを聞き及ぶにつれ、
「エンジニアが死ぬのですみませんがお断り致します」
とドタキャンされた。
仕方がないので某スタジオの社長に相談したら、
「わかりました。じゃあひとりデブのエンジニアをあてがいましょう」
と快諾してくれ、
かくして俺はそのエンジニアのダイエットの手伝いをしていると言うわけだ。
「じゃあとりあえず初日は五星旗とROCOCOのリズム!
せめてドラムだけでも20曲録るぞ!」
かくして朝6時までドラムを叩いている俺である。

翌日からは未唯さんがやって来てROCOCOの歌入れ。
3日後には記者会見でマキシの楽曲がお披露目となるので、
その時に配る表題曲の完パケとカップリング曲2曲のカラオケが必要である。
四国からやって来たROCOCOの二人に歌唱指導を施し、
まずはカップリング曲からレコーディング。
「何で表題曲から録らないんですか?」
素朴な疑問をぶつけてみたが、
「あれは先にコーラス入れてからにしましょ」
下敷きの中で微笑んでた笑顔で軽く返されてしまう。
まあプロデューサーは未唯さんである。
お任せしよう。

完璧主義者の未唯さんのレコーディングは厳しく、
声の出し方から息の合わせ方まで何から何までを指導する。
6〜7時間かかってやっと1曲録り終えてROCOCOを帰らせて、
それから未唯さんがコーラスを自身で歌って録ってゆく。
いきなりひとりで12本かぶせてゆくのだ。
「末吉さん・・・ボク・・・あの集中力についていけません・・・」
夜も更けてエンジニアから泣きが来た。
「ダイエット、ダイエット!全ては君のダイエットのためよ」
見ると未唯さんのテンションは落ちることもなく、
朝6時になっても同じテンションでコーラスを入れ続ける。
次の日は午前からスタイリストと衣装合わせだが、
それに遅刻することもなく平然と現れる。
あれはバケモンじゃ・・・

ROCOCOにとっては3度目の東京。
「街歩いてたら人とぶつかるんですよ」
とびっくりしていた田舎もんである。
スタッフも忙しいので「自力で来い」と指示していたら、
山手線を逆に乗って大遅刻。
2日目にして未唯さんを激怒させた。

翌々日は記者会見。
やることは山積みである。
しかもROCOCOのスケジュールはこの週と次の週しかいないので、
録れるやつは全部録っとかねばならない。
その合間を縫って記者会見で配るべき表題曲のTD。
その間には未唯さんはROCOCOに振り付けをして伝授する。
文字通り寝るヒマはない。

記者会見の前日となって、突然双子の片割れ、愛子がトイレで泣き出した。
ついていけなくなったのだ。
「どうしたの?もうやめる?」
優しい未唯さんの言い方がよけい胸に響く。
泣いても笑っても翌日には記者会見なのである。
「私たちの頃はね、2、3時間寝る時間あったらそれを削って練習してたのよ」
未唯さんは優しくそう諭す。

素直なだけがROCOCOの取り得である。
6時に帰って、あと2時間しか眠れない睡眠時間をどうする?
「今やっても頭が働いてないから1時間だけ寝てからおさらいしましょ」
けなげな練習をやっていたと言うその頃。
俺は朝9時までかかってその日に歌う曲のカラオケをTDをしている。
未唯さんのテンションはまだ落ちることなく、
「末吉さん・・・あの人・・・人間じゃないですよ・・・」
エンジニアが泣きを入れる。
「お前んとこにピンクレディーのごみ箱があったって言ってたでしょ?
そう、あの人は人間じゃないの。ごみ箱の絵柄なの。
だから寝なくても生きていけるの。
君は人間だからね。ダイエット、ダイエット・・・」

数時間後には記者会見が始まった。
簡易ステージで楽曲を披露する彼女たちは、
あまりの緊張のあまり歌詞と振りつけを間違えてしまう。
裏方もどったんばったんで、
うちの社長の綾和也も睡眠不足で死にそうである。
「愛子が昨日トイレで泣いたらしいでぇ・・・」
と社長に言うと、すかさず一言。
「ワシが泣きたいわい!」

その後は当初の予定ではそのままレコーディング。
しかしもうみんなヘトヘトである。
元気なのは人間ではない未唯さんだけである。
「未唯さん、今日はもうやめましょうよ・・・」
俺の一言を聞いてスタッフはほっとする。
かくしてその日はトラックの整理と次週の打ち合わせをして解散!

ホテルに帰って今度は奈央子が号泣したと言う。
思うようにこなせなかった欲求。
とっさのトラブルに対処出来なかった自分のはがゆさ。
瀬戸の海のようにおだやかなこのふたりには初めての荒波である。

ドラム部屋にはいつの間にやら簡易シャワーがついていた。
洗濯機を置く防水パンのところに南波が湯沸し機を取り付けていたのだ。
中国の風呂などはこれが多いのだが、流石は北京帰り!発想が中国人である。
しかしドラム部屋にはガスを引いてないので水しか出ない。
クーラーのない部屋で目覚めての水風呂・・・
サウナ好きの俺にはなかなか快適であった。

さて、地元香川県では知らない人がいないROCOCOであるが、
週末と言えばやはりイベントやら何やらで忙しい。
それでも東京の大海原よりは楽なのか、かなりリフレッシュして帰ってきた。
ようやくいつもの明るさを取り戻したようだ。

スタジオにはいつの頃か枕と布団が運び込まれている。
基本的にこのスタジオは寝泊り禁止で、
ソファーもわざと寝転がれないソファーにしているが、
どこででも寝られる俺は
作業の合間にスタジオの床で十分な仮眠を取る。
スタジオにとっては迷惑な話である。
しかし未唯さんがうたた寝したり眠そうにしているのは見たことない。
さすがは文房具の絵柄である。人間ではない。

あと残り3曲。
ROCOCOのスケジュールは2日。
今日2曲録れば最終日は1曲でいい。
ゴールが見えたぞ!
別室で未唯さんが歌唱指導している間、
エンジニアは録った曲のチャンネルをまとめ、
俺は布団で仮眠をする。
夜中の2時を越えた頃、スタッフが起こしに来た。
「ファンキーさん、大変なんです。来て下さい」

別室では愛子が泣きじゃくり、
俺の顔を見た途端、奈央子も号泣した。
「私たちね、歌が好きで、歌っているだけで楽しかったの。
でももう歌の表現力もいらないし、うまくもならなくていい。
プロになんかならなくてもいい・・・」

未唯さんと目くばせして、
「ほな今日はもうやめましょ。明日残りの2曲録れば工程的には同じですから」
泣きじゃくるROCOCOを車に乗せて送っていく。
物言わずふたりは窓から夜の東京の街並みを見つめている。
「四国でやってたらそりゃ楽しいやろ。その選択肢もあるでぇ。
でも現実的には録らなアカン曲は2曲、スケジュールは1曲。
これをクリアせにゃ、マキシは出てもアルバムは出ん。
とりあえずこれをクリアして四国に帰るもよし、放棄して帰るもよし。
君らの人生や。自分で選びなさい。
俺らは明日2時からスタジオ入っとくから、
来るなら来るでええし、来んなら来んでもええがな。君らで決めなさい」

ドラム部屋の簡易シャワーは、周囲に簡易防水壁とカーテンが設置され、
シャワーの水が飛び散って壁や床を濡らすのが防がれていた。
ドラム部屋の居住性がどんどん高まって来る。
これなら住めるぞ!

翌日スタジオで待つ俺たちの前にROCOCOが現れた。
未唯さんは何事もなかったかのように歌唱指導を始め、
夜中過ぎには最後の2曲も録り終えた。
ROCOCOの顔に生気が戻る。
何かを乗り越えた後の笑顔は格別である。
あの笑顔のためにはもう少し徹夜してもええなあと思う俺であった。

トラックの整理をし、ROCOCOの歌う部分が本当に全て終了したことを確認して、
俺はみんなをJazz屋に連れて行った。
「よかったよかった。終わってよかった・・・」
乾杯をする。
「あら、まだよ。まだ4曲コーラスが残ってるじゃない」
エンジニアがビクッとしてカクテルをこぼす。
未唯さんのテンションが一番上がるのが、コーラス入れとTDなのである。
カウンターでは未唯さんがおもちゃの絵柄よろしく微笑んでいた。

ドラム部屋にてしばしの仮眠をとっていたら、
朝の9時頃おばはんのけたたましい声で起こされる。
「防水パンは洗濯機置くところでシャワーにするところではありません!」
階下に水漏れがして怒鳴り込んで来た大家であった。
「すんません、すんません」
働かぬ頭で一生懸命言い訳をする。
40面下げてシャワーで怒られて頭を下げる人生・・・

これでいいのだぁ・・・

今日は千葉LookでのXYZのライブ。
俺はもうホテルを取った・・・

ファンキー末吉


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