ファンキー末吉とその仲間達のひとり言

----第133号----

2008/03/15 (土) 1:24

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Kちゃんの物語
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Kちゃんと初めて会ったのは、
彼女がまだ20歳かそこらのピチピチGAL(死語)だった頃のことである。
美貌にも恵まれ、セクシーで明るいキャラである彼女を、
一目見て口説かない男がいたらその顔を拝みたいものだ
と言うほどのものなのであったのだが、
あいにくと彼女には当時付き合ってる彼氏がいて、
そして彼女自身非常に身持ちが堅く、
それは
「私は最初に付き合った彼氏と結婚する」
と言う信念を強く持っているところから来ていたり、
まあ常識ではそこに割り入って略奪したりするのは
至難の技であることは明白な事実であるにもかかわらず、
それを無謀にも果敢に食事に誘い、飲みに誘い、
アッシー(死語)となってもメッシー(死語)となっても
その想いを遂げようとする若き日の末吉青年がいた。

よくある話で、このような努力は往々にして
「話を聞いてくれる便利なオジサン」
で終わってしまうのが常であるにもかかわらず、
若き日の末吉青年は多額の必要経費と時間と労力を費やしながら、
その「あわよくば」の夢にまい進していたのである。

彼女の口からその彼氏の浮気問題で悩み相談を受けるようになるまでには
そう長くはかからなかった。
悩みを聞いてあげる振りをしながら、
暗に「そんな男とは別れた方が身のためだよ」とほのめかす。
そしてもしも現実そうなった暁には、
当時男友達など私しかいなかった彼女が
次に選ぶ選択肢はこの私しかないではないか!
悩みを聞きながらそれとなく自分をアプローチする若き日の末吉青年。

しかし彼女はまるでなびいて来ようとはしない。
理由は「どんなひどいことをされようとも彼のことが好きだから」
何と素晴らしい女性ではないか!
美人でセクシーで明るくて身持ちがいい、
そんな理想とも言える女性が初めて出会った男性がどうして
私ではなくそのどうしようもなく女癖が悪い男でなければならなかったのか・・・
もう少しで神に恨みごとを言いそうになっていたある日のこと、
その恐ろしい出来事は起こったのである。

「便利なオジサン」とは悲しいものである。
かけた電話は五万回(ウソ)
おごった食事は五万回(ウソ)
使ったお金は五万元(ウソ)
聞いた悩み相談五万回(ちょっとホント)
でもそこまでやって見込みがないものはもう仕方がないのではないか。
さすがにあまりにも実にならない努力は続かないものである。
近所の飲み屋でひとり上機嫌だった私は、
その日の彼女の悩み相談電話を適当にあしらって切った。
彼女の悩みを聞くぐらいなら、
もう誰かに私の悩みでも聞いてもらいたいもんだ。
もう既にそんな心境になっていたのである。

だいぶ深酒をして家に千鳥足で戻り、
カギを取り出してマンションのドアを開けようとした時、
そこに誰かがうずくまって坐っているのを見てびっくりした。
見れば彼女である。

「ちょっと上がらせてもらってもいい?」
真夜中に美女にそう言われて嬉しくない男性がいたらその顔を拝んでみたいが、
それにしても終電でやって来たとしたら彼女は
一体何時間ここに坐っていたことなのだろう。
少々気味が悪い気持ちを「あわよくば心」が押しのけて彼女を部屋に上げた。

さて美女と夜中にふたりっきりである。
しかも彼女はわけありの様相。
恐らくはその彼氏の問題であろうことは容易に想像はつく。
そしてそれを相談する男性はこの私。
つまりこれは
ついに今までの私の苦労が報われるに違いないシチュエイションではないか!

逸る気持ちをおさえつつ、腰を落ち着けて話を聞き始める末吉青年。
そしてそれから身の毛もよだつ恐ろしい話を聞くこととなるのである。

「人間ってダメねぇ。いざとなったらやっぱ手元が狂うのよね」
彼女は淡々と語り始めた。
「包丁なんかじゃダメなのよ。どうしてピストル買わなかったのかしら私・・・」
泣くでもなく青ざめるでもなく、
一切興奮することもなく彼女は淡々とこう語り始めたのである。

彼氏は当時で言うプー太郎。
親の実家の隣にアパートを借りて、アルバイトをしながら生活し、
美人でセクシーで明るくて気立てもよく、
一途で自分にぞっこんなこんな彼女がありながら、
なんと二又をかけて別の女とも付き合っていた。
そう言うことをうまくやれる男性とそうじゃない男性が世の中には存在する。
彼はまさに「そう言うこと」が下手であった。
彼女はとっくの昔にその女の存在を感じ取り、
そしてその女もこれ見よがしにその存在の痕跡を部屋に残してゆく。
そしてこの日、その全てがいっぺんに噴出したのである。

「その女、部屋にいるんでしょ。電話に出しなさい!」
女と言うのは恐ろしい生き物である。
それを知るのに何の「根拠」も「物的証拠」も必要としない。
「女のカン」と言うものがそれを瞬時に明確に知らしめさせるのである。

こう言う時の「男」と言うものは
一体どのようにふるまうのが普通なのであろうか。
「確信」を持っている電話口の彼女に一切のごまかしは通じない。
そして目の前のその女は受話器を握って茫然としている男にこう詰め寄る。
「言ってやりなさい、彼女に。
いつも言ってるでしょ、愛してるのは私だけだって」

この男が特に軟弱だったのか、
はたまたこう言う状況に追い込まれた世の男が全てそうするのか、
そんな経験のない私にそれを計り知ることは出来ない。
男がいつまでも決断を下せないでいると、
最終的にその女は自ら電話口に出てこう言った。

「出てらっしゃい!決着をつけましょ!」

彼女は極めて冷静に電話を切り、
極めて冷静に出支度をし、
そして極めて冷静に近所のスーパーで包丁を購入して
その女が待つ彼の家に向かった。
ドアを開け、部屋に入り、極めて冷静にその女の言い分を聞き、
そして勝ち誇ったようにドアを開けて出て行こうとする彼女の
背中に向かって極めて冷静に包丁を突き立てた・・・

つもりだった。
しかしいざとなったらわずかながら手元が狂った。
狙った心臓をわずかに逸れ、
かすり傷しか負わせられなかった彼女は
また極めて冷静に包丁を持ち直し、
またその女に突進した。

「人殺しぃ!助けてぇ!誰か来てぇ!」
玄関口を飛び出して逃げまどう女をまた極めて冷静に追おうとする彼女を、
さすがにそれまでは借りてきた猫のようにうずくまっていた彼が
体当たりでそれを止めた。
騒ぎを聞いて彼の母が駆け付けてきて、息子と一緒に彼女を取り押さえる。
女はコートの下から血を流しながら玄関口で叫び続ける。
「誰かぁ!警察呼んでぇ!殺されるぅ!」

男はこんな現場で一体どのような行動を取るのが「普通」なのであろうか。
全ては自分がまいた種なのに
何のなす術もなく彼女を取り押さえるだけの彼。
一番冷静に
(但し何度も言うように実は極めて冷静であった彼女本人を除いて)
動いたのはその彼氏の母親だった。
取り乱す女の頬をぴしゃりとやって正気にさせ、
部屋の中に引き入れて傷口を見る。
軽傷である。
病院に行くまでもないと判断するとその場で応急手当をし、
明日念のため病院に行くように指示し、
「今日のところは私に任せてもう帰りなさい」
もちろん警察に行くなどと言う彼女の考えは完ぺきに思い留まらせた。

「Kちゃん、今日は母屋で泊まりなさい。私と一緒に寝ましょ」
彼氏の母はそう言って、彼女を優しく抱きとめて一緒の布団にくるまった。
「ごめんね、ごめんね、Kちゃん。
うちの息子があんなんがためにあなたにこんな辛い想いをさせて」
しかし彼女はこの母が(例え彼女が事をし損じることがなかったとしても)
彼女に対してこのような態度であろうことは冷静に分析して分っていた。

いや、そのように「持っていってた」と言っていい。

彼女にとっては彼は将来「絶対に」自分と結婚する相手、
その母親とどう付き合うかは
彼女は既に彼と交際し始めた頃からシュミレーションしていた。
それは彼女の「愛」であり、「頭のよさ」であり、
そして「完璧さ」であった。
もちろん彼に女がいることも
彼のいないところでその母親と何度も相談をしている。
その男は自分だけが知らないところで
既に周りを全て彼女に固められてしまっていたのである。

自分の交際相手の母親をそこまで自分のものにするのは
実は非常に難しいことかも知れない。
しかし彼女はその困難なミッションを長年かけて完璧に遂行していた。
母親にしてみたら今や彼女は若いながら「うちのけなげな嫁」なのである。
不肖の息子に泣かされながら
一生懸命尽くしている彼女に同性として同情もしていたことだろう。

いや、彼女は少なくとも彼女は「そう見えるように」頑張って来て、
そしてその一挙一投足は極めて「完璧」であった。

「もう落ち着きました。お母さんありがとう。ごめんなさい」
そう言って彼女は彼の家を後にして私の部屋に来た。
もちろん彼女はほんの少しも取り乱したりはしていないので、
「もう落ち着いた」と言うのは少なくとも「ウソ」である。
彼女が私の部屋に来る道すがら考えたことはただひとつ、
「どうして手元が狂ったんだ」
と言う唯一の後悔だけである。

彼女が私の部屋に来たのは何も私が恋しかったわけではない。
「どうして自分ともあろう者がこんな簡単なミスを犯したのか」
その原因を自分をよく知る、
しかもこの時間でも迷惑にならない第三者聞いてみたかっただけなのである。

と言ってしまえば非常に簡単なものなのだが、
しかし男女の仲などそんな単純に出来てはいない。
もし万が一、私の「あわよくば心」が、
その持ち前の臆病さと状況判断能力を少しでも上回ってたとしたら、
私たちふたりの関係は
この日を境に劇的に大きく変わってしまっていたことだろう。

「あーあ、何で私、あんな男好きになっちゃったのかなぁ、、、」
彼女はちょっとだけ笑って更にこう言った。
「末吉さんともうちょっと早く出会ってたら
私はもっと幸せになれてたかもね」

その笑顔は鳥肌が立つほど美しく、
そして同時に、、、とてつもなく、、、怖かった、、、

私の自己防衛本能が彼女をそのまま家に帰した。
彼女は何も取り乱していないのだ。
いつでも冷静で、そして真剣で、純粋なのだ。
それが私には身の毛がよだつほど恐ろしかった。
神が私を彼女の最初で最後の男にしなかったことに感謝するほどに、、、

見送り際に彼女に質問してみた。
「男の方を殺すと言う考えはなかったの?」
彼女はさらっと答える。
「全然!」
「どうして?」
「だって愛してるから彼は殺せない。
でも自分が自殺でもして死んじゃったら
ふたりが一緒にうまくやったりするのはもっと許せない。
だったら女が死ぬしかないじゃん!」
極めて冷静に彼女はそう言ってのけた。

彼女はいつだって冷静で、そして美しかった。
「これからどうするの?」
最後に私は彼女に聞いた。
「またやるわよ。今度こそしくじらない」

その後、私は縁あって最初の妻と結婚し、
もう彼女と会うこともなく数年の月日が流れた。
そしてある夜の一本の電話が次なる悲惨な事件への序章であったのだ。

続く・・・


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