ファンキー末吉とその仲間達のひとり言

----第124号----

2007/04/01 (日) 14:02

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北朝鮮にロックが響く(後編)
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前号までの話:

半年前ひょんなことから北朝鮮に行ったファンキー末吉は、
あろうことかそこで出会った北朝鮮の女の子バンドにロックを教えることとなる。
そして今回、彼女たちと北朝鮮初のロックナンバーを録音するべく
山ほどの録音機材を抱えて再び渡航した。

初日に自らドラムをぶっ叩き軍部から中止命令が来るものの、
2日遅れのスケジュールで何とかレコーディングは続いている。

その結末やいかに・・・


2007年3月3日 土曜日(5日目)

学校側が
「この子が一番音楽的才能が高い」
と言うのでメンバーに抜擢し、
ロックの要であるディストーションギターを担当させたおでこちゃんは、
蓋を開けてみたら実は半年前にギターを始めたばかりのずぶの素人だった。

もうひとりのギタリスト末っ子ちゃんは、
前回来た時は弦が3本しかなかったのでその腕のほどは未知数である。
もし彼女がまるで弾けなかったらこのプロジェクトは失敗に終わることとなる。

「じゃあちょっとオケに合わせて一緒に弾いてみようか」
「ファンキー節」のアレンジではアルペジオの部分でいつもギタリストが根を上げる。
そんなに難しいアレンジをしているつもりはないのだが、
俺自身がギタリストではないので、
どうもギタリストの手くせと全然違う弾き方を考えてしまうのが理由らしい。

今回はMIDIで作ったガイドアルペジオも一緒に流して、
それを聞きながら録音する。

その方が弾いてて気持ちがいいし、
このキモであるアルペジオがリズムがよれたりすると都合が悪いので、
彼女が実際に弾いているアルペジオの音が、
ちゃんとその機械のアルペジオと完璧に合ってるかどうか
録音しながら俺がチェックし易いようにするためでもある。

「おかしいなぁ・・・」

何度か合せて弾いてもらってるのだが、
どうも彼女が弾いている音がよく聞こえない。

「もう一度弾いてみて」
今度はMIDIの音を少し下げて聞いてみる。

「あ!これは!!・・・」

恐るべきことに、
これは彼女の音がよく聞こえなかったのではなく、
彼女が弾いているギターがあまりにも正確で、
機械のアルペジオとまったく同じであったために、
音がぴったり重なって判別しづらかったのである。

「凄い・・・」

最初から最後までほぼ間違うことなくほぼ一発録りで終了!
奇跡である・・・

「ソロだ!ソロも君が弾いてくれ!」
ギターを始めて半年のおでこちゃんになまじソロまでは無理である。
彼女だったらちゃんとソロを弾けて、しかも今日中に録り終わるかもしれない。

写真:初めてのディストーション

(初めてのディストーション)

ディストーションの音色はロックでは欠かせないものだが、
初めて聞く彼女にはどうもただウルサイだけのようで、
少し顔をしかめてた。

「とりあえず今日はこんな音色で。後で音色変えてもっといい音にしてあげるから」
ギターから直のラインの音もレコーディングしておいて、
北京に帰ってからそれをマーシャルにつないでアンプの音を録音し直すのである。

写真:初めてのチョーキング

(初めてのチョーキング)

「ロックギターと言えばチョーキングである!」
と言いたいのだが、
ロックと言う言葉が先日の軍部の中止命令の余波で禁句になっているので
「とりあえずこう弾いて!」
と言うしかない。

本人は指が痛いので嫌がっているのか、
前回はいつも笑ってた彼女が心なしか今回はあんまし笑わないように感じる。

そしてソロのクライマックスは高崎晃ばりの高速タッピングとまではいかないが、
やはりライトハンドでかっこよく決めてもらいたい。

写真:初めてのタッピング

(初めてのタッピング)

「どうして普通に弾けるフレーズをわざわざ右手で弾かなきゃなんないの?」
とでも言いたそうな彼女に向って心の中でこうつぶやいた。

「末っ子ちゃん、それがロックなんだよ!」

かくして末っ子ちゃんのパートは想像以上に順調に無事終了!
「あんたは上手い!!」
と手放しで褒める俺に彼女は満面の笑みを返してくれて初めて気づいた。

彼女は現在歯の矯正中。
笑うと歯をがちがちに止めている針金が見えるので恥ずかしくて笑えなかったのである。

それでも彼女の笑顔は世界最高級である。


さて残り時間は1時間。
一番の誤算と言うか、唯一残っている問題がおでこちゃんのギターである。

少々下手でも録り終えることが出来るように
最初から正統派メタルではなく、
ニューメタルと言うかグランジと言うか、
ディストーションギターのニルバーナカッティングでアレンジしているので大丈夫とふんでいたが、
相手がギターを始めて半年のど素人レベルだとしたら話は別である。

残り時間は1時間。
彼女は全部弾き切ることが出来るのか・・・

写真:おでこちゃんレコーディング


「ちょっと合わせて弾いてみて」
とりあえずオケに合わせて弾いてみる。
あねごが卒業した後には次期部長となるアイデンティティーと尊厳をかけて、
緊張しながらも威厳を持って一生懸命弾く。

先ほど手ほどきした
オルタネードピッキングからは程遠いむちゃくちゃな弾き方ではあるが、
うん、まあまあ。後にエディットすれば使えないことはない。

よし!
とばかりとりあえず1コーラス、パワーコードによるリズムだけを録音、
そしてそれを後にLRに振り分けてステレオにするためにダブリングした。
こうしとけば後にエディットする時に
いい部分がたくさん残るので便利であることを俺は経験上いやと言うほど知っている。
(こんなことをいやと言うほど経験する俺って・・・)

残り時間はあと10分!
時間どおり彼女たちを家に帰さないと、
今度は彼女たちの親からクレームが来てこのプロジェクトは中止せざるを得ない。

楽曲にいやと言うほど散りばめているキメを録音する時間はもうない!
最後の手段である。

「曲に合わせなくていいから、クリックに合わせてこのフレーズを弾いて!」

裏打ちから始まる難しいキメも全て簡単に表から弾いていいから、
クリックに合わせて素で弾いてもらい、それだけを単独録音する。
つまりとりあえずギターの音をサンプリングして、
後でそれをエディットでつなぎ合わせるのである。

ちょっとずるしたが、とりあえずオケの録音は全て終了。
冷汗もんのスケジュールであった。


2007年3月4日 日曜日(6日目)

大切な国民の休日だと言うのに彼女たちは学校に来てくれた。
早く歌入れを終わらせて、
今日ばかりは早くおうちに帰ってもらってゆっくり国民の休日を楽しんでもらいたい。

今日の歌入れのために俺は夕べ夜中遅くまでホテルでオケをエディットした。
寝不足とプレッシャーでヘトヘトになっていた俺の頭をノックアウトしたのは、
彼女たちそれぞれのプレイ、特に末っ子ちゃんのギターソロであった。

彼女はまだ14歳。
日本の流しの演歌ギターのように伴奏にちょっとメロディーを入れて
革命の歌を伴奏することしかしたことのない普通の女の子なのである。

凄すぎる・・・

ホテルに持ち込んだ設備では完璧にエディットすることは出来ないが、
全てのパートをとりあえずだいたいの形になるようにして持って来た。
それが大事な国民の休日まで返上してこんなわけのわからんことに付き合わされている
彼女達に対する俺のせめてもの気持ちである。

一番喜んだのが実はギターがど素人だったおでこちゃん。
1コーラスしか弾いてないのに
一晩経ったら最後まで全部ちゃんと弾けてるかのように仕上がっているので上機嫌である。
これで彼女の次期部長としてのメンツは保てたに違いない。


さて最後は歌入れである。
とりあえずメンバー全員で別々に1トラックづつ歌ってもらって録音する。
全員使えればそのままユニゾンで歌えばよいし、
いい部分だけを出し入れして部分部分でリードボーカルが代わるようにしてもよい。
今までメンバーの歌を聞いたことがないので、
とりあえず歌ってもらって録音してみないと何とも言えないのである。

まずしょっぱなは来年のこのクラブを背負う次期部長、おでこちゃんから。

写真:おでこちゃんの歌レコーディング


うん、初めてのレコーディングで緊張しているものの、
歌はなかなかのもんである。

思えばこのクラブは普通の学校の音楽クラブで、
プロ養成の音楽専門学校ではない。
歌の好きな子供たちが集まって、
そのついでに楽器を練習して外国のお客さんに披露しているコーラスクラブみたいなもんなのである。

リズムと音程に細心の注意を払いながら録音し、
その後はその彼女のボーカルにぴったり合わせて
全てのメンバーのボーカルをそれぞれ録音する。

ただ末っ子ちゃんだけは「私、歌はイヤ」と言って辞退した。
きっと歌を歌うと歯の矯正が見られてしまうからイヤなのだろうと想像した。


みんなだいたいするっとレコーディングが終了したが、
最後のボンボンちゃんだけは、完璧主義者よろしく
自分自身で何度もダメ出しをしながらとことんやり直した。
キーボードのレコーディングの時は時間がなかったのである程度でOKを出したが、
今回は俺もとことん付き合った。

写真:ボンボンちゃんの歌レコーディング


面白いことに、
彼女がやり直せばやり直すほど歌い方がロックと程遠くなり、
彼女自身がOKを出した時には、
まるで彼女たちがいつも歌っているこの国の革命の歌そのものの歌い方になってしまっているのである。

そうやって聞いてみるとみんなどこかしらこぶしが回っていて、
オケだけ聞くと超ヘビーなロックなのだが
その上に朗々と歌う革命の歌が乗っかってるような感じである。

最近ゴシック・メタルとか言う、
オペラの歌唱法をするヘビーメタルのジャンルが流行っていると聞くが、
さしずめじゃあこの曲は「レボリューショナル・メタル」とでも言うべきか・・・
とにかく俺と彼女たちが作り上げた世界で最初のジャンルの音楽であることだけは間違いない。

兎にも角にも世界初の北朝鮮ロック、
「レボリューショナル・メタル」はついにここに完成したのである!!


さて今日は国民の休日なのでみんなには早くおうちに帰ってもらって、
明日学校側が許せばMTV撮影と追いコンを兼ねた「小文化祭」をやって全てが終了である。

しかしそのためには多重録音で録音したレコーディングバージョンではなく、
ライブで演奏出来るようにパートを振り分けたライブバージョンを作らなければならない。
その振り分けだけは今日伝授しておかねばならないので、
あと少しだけ彼女たちに付き合ってもらった。

キーボードは完璧主義者のボンボンちゃんが既に自分で譜面を写して、
ちゃんと自分とおでぶちゃんに演奏を振り分けていたが、
問題はギターである。

なにせレコーディングでは結局主なパートは全て末っ子ちゃんが弾き、
おでこちゃんはパワーコードのニルバーナディストーションバッキングを1コーラス弾いただけ
と言う状態なので、
ツインリードのハモの部分はおでこちゃん自身どう弾くかなんて全然知らないのである。

末っ子ちゃんが録音したフレーズなので、
末っ子ちゃんがおでこちゃんに直で教えるのが一番早い
と思ってそのように指示したら、ここで問題が勃発!
このふたりがいきなり喧嘩を始めたのである。

言葉がわからないので定かではないが、
どうも次のようなやりとりであると思われる。

ファンキー先生「じゃあ末っ子ちゃん、おでこちゃんにどう弾くか教えてあげてね」
おでこちゃん(末っ子ちゃんに向かってつっけんどんに)「どう弾くのよ?」
末っ子ちゃん「こう弾くのよ(チョーキングを使って弾いてみせる)」
おでこちゃん「こうね(チョーキングを入れずにノーマルに弾く)」
末っ子ちゃん「いや、こうよ(もう一度チョーキングを使って弾く)」
おでこちゃん「だからこれでしょ(チョーキングを使わずに収めようとする)」
ファンキー先生「おでこちゃん、弾き方を全く同じにしないとハモらないからね。ちゃんと末っ子ちゃんみたいに弦を持ち上げてチョーキングしてね」
末っ子ちゃん「こう弾くのよ(チョーキングを一生懸命伝授しようとする)」
おでこちゃん「指が痛いのよぉ!どうしてこれじゃだめなの!同じじゃない!」
末っ子ちゃん「私だって知らないわよ!先生がこうやれって言ってんだから!」

雰囲気がどんどん険悪になり、最後には口もきかない。
ギタリストふたりが息を合わせてツインリードを弾くと言う俺のはかない夢は一気に砕け散った。

写真:険悪になったおでこちゃんと末っ子ちゃん

(目も合わさないし口もきかない)

その後、うちの嫁が
(このストーリーに嫁が初登場!実は前回からずーっと一緒に行っているのじゃ)
暗い部室の片隅で隠れるようにひとりでたたずんでいるおでこちゃんを目撃した。
泣いていたのか?・・・

「パパ(嫁は俺をパパと呼ぶ)、あれはいかんわ。あれじゃおでこちゃん可哀想やわ」
「何があかんねん」
「まずねぇ、パパは末っ子ちゃんを褒めすぎ!
同じギタリストとしてあれじゃおでこちゃん、メンツずたずたやわ」
「ギタリストって、カレンちゃんがもうすぐ卒業したらおでこちゃんがドラマーになるんちゃうん?
末っ子ちゃんはもともとギタリストやからそれに張り合ったってしゃーないでしょうよ」
「パパってほんまに分かってないねぇ。なんぼギターが上手くても末っ子ちゃんは年下で、
おでこちゃんは次期部長よ!それをみんなの前で格下に扱われたのよ」

嫁のその言葉に改めて衝撃を受けた。
この国は儒教の教えが非常に徹底しているとか、
序列が非常に大切にされているのもあるが、
何よりもこの俺は最も大切な原則を認識してなかったのだ。

子供だけど彼女たちは「女」なのである。

これをこの日はいやと言うほど思い知らされた。


2007年3月5日 月曜日(最終日)

夕べはよく眠れなかった。

確かに録音は全部終わった。
彼女たちに聞かせるべく
彼女たちの歌での仮ミックスを作ってて眠れなかったのもあるが、
何よりもおでこちゃんと末っ子ちゃんのことが気がかりで仕方なかったのである。

俺はこんなところまで来て何をやってんだろう・・・

確かに物凄いロックは録れた。
世界を震撼させるものになったと自負している。

しかしそのために彼女たちがいやな思い出を残したとしたら、
そんなことにいったい何の意味があるのか?

どう言う運命のいたずらか、
世界でただこの俺だけが今、
この国のこの学校にだけ自由に入れて自由に彼女たちと音楽を作ることが出来る。

わけのわからないロックとか言う変なものを、
彼女たちは持前の素直さと、
先生の言うことは絶対だと言う儒教の教えにより、
それこそ国民の休日を返上してまで一生懸命一緒にやってくれた。

俺は楽しかった。
でも彼女たちは辛かったんだとしたら、
たとえこのプロジェクトが世界的に評価されたとしても何の意味もない!


俺はそんなことを考えながら一日中落ち込んでいたが、
午後には意外なチャンスが訪れた。

学校側が引き続き彼女たちのスケジュールを俺に預けてくれて、
朝からMTV撮りと発表会を兼ねたファンキー末吉主催「小文化祭」の準備をしてた彼女たちなのだが、
実は今日外国のお客さんが来ると言うので、
いつものように彼女たちが歌と演奏をお客さんに披露しなけれならないので
その間俺たちには待ってて欲しいと言うのである。

「パパ!チャンスよ!
この待ち時間に次期ドラマーのおでこちゃんにドラムを教えるの!
そして最後に君は筋がいいとか言ってみんなの前で誉めるのよ!」

「おう!それは確かにそれはベストなチャンス! 
でもだいたい外国のお客さんは
今俺達が彼女たちと一緒にいるこの部室代わりの大教室に通されるから、
むしろここを出ねばならないのは俺達で、
しかもメインどころのおでこちゃんは当然ながらその演奏に駆り出されるじゃろう・・・」

「そうねぇ・・・」

この話はここで終ったが、
ところがその予定の時間が近づいて来ても彼女たちは全然その備を始める気配がない。
そしてその時間になるとボンボンちゃんがアコーディオンを担いで部室を出て行った。
「なんで?」
俺の疑問に先生が丁重に説明してくれる。
「今はこの場所はファンキーさんに専属です。
お客さんには悪いですが今回は校長室で少人数バージョンのショーで楽しんでもらいます」
しかもラッキーなことにメインどころのおでこちゃんは呼ばれずに残っている。

チャンス到来!!!

しかしここでおでこちゃんだけを贔屓したら
今度はまた年上のカレンちゃんがいやな思いをするだろうからふたり一緒にレッスンをする。

子供でも女なんだ!子供でも女なんだ!子供でも女なんだ!・・・

しかし楽器がドラムでよかった。
ちょっと難しいパターンなどを紙に書いて叩かせると、
ほかの楽器と違ってドラムと言うのは叩けないと必ず笑いが出るのである。

下級生たちがそれを見ながら、
「いいなぁー私も教わりたいなぁ」
と言っているのを聞いて、
俺は拳をぎゅっと握ってほくそえんだ。

大成功!

一番年上のカレンちゃんと次期部長のおでこちゃんだけがこれが出来るのである。
おでこちゃんのメンツもこれで挽回されたと言うものである。


「ぎゃははは!!!」
俺がドラムを教えている間、
嫁は下級生達とお菓子を食べながらだべったり、
彼女たちにステージ装飾のためのぼんぼりや千羽鶴の折り方などを教えたりしてたのだが、
俺は時折聞こえる彼女たちの大笑いが気になって仕方がない。

見ると嫁はいつのまにかパソコンを開いて、
彼女たちはその画面を覗き込んで大笑いをしている。

「何やっとんじゃい!」

ドラムのところから降りて来て彼女たちを押しのけてパソコンの画面を覗いてみると、
何と彼女たちの大爆笑のネタは俺達の結婚式の写真だったのだ。
特に俺が神妙な顔をして嫁にキスをしているシーンはみんなお腹がよじれるほど笑っている。
最後にはおでこちゃんもカレンちゃんもドラム台から降りて来てみんなと一緒にだべりだした。

ドラム教室は自然消滅である。
もうファンキー先生の威厳もへったくれもない。
俺も一緒にお菓子の席に加わる。

嫁が自慢そうに
「私、もう朝鮮語ふたつ覚えたで!完璧やで!」
と言う。
「何や、言うてみぃ!」
彼女たちが興味津津に嫁を見る。
「カバン、オボン」
彼女たち大爆笑!
鞄とお盆はどうも発音が同じらしい。

「まだあるでぇ!三角関係!」
これは発音が微妙に違うのか彼女たちには通じない。
通訳兼ガイド兼監視員の女性が正しい発音で発音してくれる。
「サムガッククアンゲ、意味も日本語と同じです」
と言うのを聞いてすかさず俺、
「じゃあみんなに質問!この中でその経験ある人!」
通訳がそれを訳すより早く嫁が俺の頭を張り飛ばす。
「子供になんてこと聞くのよ!」
まあ日本語が分かる人は大爆笑していたが、
儒教の教えで育った彼女たちにはきっとかなりインパクトがあったに違いない。
なにせ女が男に手を上げるだけでも信じられないのに、
殴られた男が殴られて笑っているのである。
この国ではまずありえないことなのではないか・・・

思えばこの瞬間に俺の先生としての地位は完全に地に落ちた。
このチームで一番偉いのは嫁であることを全ての人間が認識したのである。


さてアホな時間はあっと言う間に過ぎ去って、
外国人相手に校長室にショーを披露しに行ったボンボンちゃんが帰って来たので
いよいよ「小文化祭」の始まりである。

まずMTV撮影の素材撮りも兼ねて、ひとりひとり別々にオケに合わせてプレイしてもらう。
みんながそれぞれ個人パートがちゃんと出来れば、
最後にはみんなが生でそれを演奏してもらってフィナーレと言う企画である。
既にファンキー先生の地位は地に落ちてしまってるので今日はもう誰も個人練習などしていない。
ちゃんと出来るのかなぁと思っていたら、
難度のそんなに高くないキーボードのふたりがちゃんと弾けたのはともかく、
驚いたのがあれだけ高難度のプレイでありながら
今日にはそれをを生で弾けるようになっていた末っ子ちゃんである。

「こいつは天才か!」
言葉に出して言おうかとおもったが、
おでこちゃんのことを気遣って飲み込んだ。

子供でも女なんだ!子供でも女なんだ!子供でも女なんだ!・・・


さてファンキー末吉主催「小文化祭」、
次の出し物は「統一アリランロックバージョン」
前回アレンジした統一アリランロックバージョンに、
今回俺がドラマーとして加わって彼女たちと一緒に演奏しようと言うものである。

写真:統一アリランWithファンキー


そのアレンジには8小節のドラムソロがあるのだが、
渾身の力でソロをぶっ叩くと、
さすがにドラムのカレンちゃんのみならず通訳兼ガイド兼監視員もぶったまげた。
ふと見ると先生だけが窓際でじーっと注意深く外を見ている。

忘れていた!
初日には俺がドラムを叩いて
この窓の向こうにある軍部から中止命令が来たのである。
見ればそちら側の窓は、
あらかじめ先生の手により全て防音のたしになるように毛布とか板とかでふさがれている。


思えばこの先生はいつもニコニコしながら生徒たちを見てた。
そして外国から来たこの変なおっさんがやることを
ひとつたりとも妨害せずに見守っていた。
再び軍部からクレームが来たら自分の立場が、
人生がどうなるかわからないのに、
俺や、彼女たちをこうまで自由にさせてくれた。

先生は彼女たちのことを本当に愛しているのだ。
少しでも彼女たちのためになれば、
そして彼女たちが幸せならばと言う気持ちで
自分の身の危険を顧みずにこの変なおっさんに全てを任せたのである。

こんな先生が今の日本にいるだろうか・・・


フィナーレの前にもうひとつ大きなイベントがある。
もうすぐ卒業してしまうカレンちゃんとあねごの追いコンである。

目くばせしたら先生が彼女たちふたりを別室に連れてゆく。
その間に下級生はこの数日考えに考えてふたりに気付かれないように作った
垂れ幕のメッセージを準備し、それを見せてびっくりさせようと言うのだ。

ふたりが別室から出て来た。
ステージいっぱいに広げられた垂れ幕には
「卒業おめでとう!」
とふたりの名前が大きく書かれ、
そしてその横にはハングル文字でびっしりと彼女たちへのメッセージが書かれている。

それを見てびっくりしているふたりに俺はすかさず用意したプレゼントを手渡した。
電池で動いてヘッドバッキングする人形である。

大受け・・・

当初は彼女たちにヘッドバッキングをさせるつもりで、
そのヘッドバッキングの先生として購入した人形なのだが、
今やそんな考えはもうすっかり消し飛んでいる。
彼女たちはもう十分やってくれた。
これだけ文化も風習も国家事情も違うのに、
確かに俺も半歩あちらに踏み出したかも知れないが、
彼女たちはもう既に一歩以上こちらに踏み出してくれたんではないのか?

椅子に座ったまま微動だにせずに演奏するロックがあってもいい!
無表情でただ黙々と演奏するロックがあってもいい!
北朝鮮のロックは今ここに始まったばかりなのである。
彼女たちなりの新しい北朝鮮のロックを作ってくれればそれでいい。


人形を手渡しながらふたりに贈る言葉を述べた。

「この人形を見るたびに私のことを思い出して下さい。
そして卒業したらまたそれぞれの道で頑張って下さい。
この国の未来はあなたたちの肩にかかってます。
一生懸命練習して、一生懸命勉強して・・・頑張って・・・
(拉致なんかなくなるような・・・と言いかけて思わず言葉を飲み込んだ)
・・・いい国を作って下さい!」

奇しくも下級生達がふたりに宛てた垂れ幕の文章は
次のようなものであったと後に聞かされた。
「卒業しても私たちのこと、そしてこの学校のことを忘れないで下さい。
一生懸命頑張っていい国を作っていって下さい」

こんな国なんか崩壊してしまえと連日報道している国の人間と、
そのこんな国で純粋培養されて育った子供たちの気持ちは
偶然にも全く同じであったのだ。


そろそろフィナーレの時間である。
俺達が一緒に作り上げたこの曲を最後に彼女たちに生で演奏してもらおう。
相変わらず窓から軍部の様子を伺ってる先生の顔をちらっと見た。
「いいわよ、私がついてるから思いっきりやりなさい!」
そう言ってるように見えた。

写真:フィナーレ

(フィナーレ:北朝鮮初のロックナンバーがついに生演奏される)

この曲は俺と彼女達だけの力では決して出来上がることはなかった。
彼女たちを愛してやまないあの先生や、
校長先生を含むその他この学校の関係者の人たち、
そして北京に住んでいるあの幹部の人や、
会ったこともないもっと上層部のいろんな人たちがいたからこそ出来上がったのである。

演奏が終わった。
「小文化祭」はこれで終わりである。
そして俺の今回の旅もこれで終わりである。

「じゃあね、帰るからね!」
とみんなに握手をして機材の片付けをしてたら、
突然彼女たちの方から
「先生を送る歌を最後に歌いたい」
と言ってきた。

末っ子ちゃんのギター、あねごのベースだけの演奏で、
後は下級生もみんなで一緒に合唱する。
「これはわが国では、ちょうど今みたいに先生を送る時に歌う曲なんです」
通訳兼ガイド兼監視員・・・最後には通訳以外は何もやってなかったが・・・がそう俺に耳打ちする。

見ればみんな泣きながら歌っている。
ボンボンちゃんなんか号泣している。
そして弾き終ってベースを置いたあのあねごまでが涙ぐんでいた。

先生が俺に長い握手をしながら「本当にありがとう」と言った。
俺は果たして彼女たちに何か出来たのだろうか?
わからない。
でも俺はまた何度もここに来なければならない。
来年の卒業生から
「去年はファンキー先生プレゼント持って来てくれたのに
どうして今年は来てくれないの」
と言われるわけにはいかないからである。

ただ、今年はふたりだからまだいいが、来年は11人である。
今から覚悟しておこう。


彼女たちに見送られながら学校を後にした。
「6月9日高等中学校」
偉大なる首領様が、
こともあろうか6月9日ロックの日に
「ここに学校を建てなさい」
と指示して作られたと言うこの学校で、
今ここに北朝鮮のロックの歴史がついにその一歩を踏み出したのである。


レボリューショナル・メタルとも言うべきそのサウンドは、
今はまだ俺の限られた友人しか聞かせてない。
今の段階ではまだこれを公表するわけにはいかないからである。
そのことによって彼女たちやいろんな人に迷惑をかけたりしたら死んでも死にきれない。

でもいつかその時は来る。
中国だって今こんな風に自由にロックが出来る日が来るなんて
あの時誰も思わなかっただろ?!

時代は変わるのである。
そしてまた、変えなければならないもんでもある。

この曲はその時が来るまで俺がゆっくりエディットする。
そしてその度にいつも俺はまた彼女たちのことを思い出すだろう。

また会おう。
そしてもっといつでも自由に会えるような、そんな世の中を早く作ろうよ。

To Be Continued


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